種別 ワークショップ 提案者 小林一三(東京大学医科学研究所) 趣旨 多くの生物でのゲノム解読の爆発的進展は、進化研究にあらたな地平をもたらしつつある。幾つかの細菌とヒトについては、同種内の複数個体で全ゲノム配列が解読され、それらの比較から、ゲノム進化の素過程のダイナミックな動きが読みとられようとしている。また、少し遠いゲノムの比較からは、進化の過程で生き残ってきた遺伝子機能が浮き上がってくるばかりでなく、ゲノムにどこからか現れ、変異によって壊され、欠落していく遺伝子の一生も見えてくる。本ワークショップでは、ゲノム比較を要素とする様々な進化機構解析研究を紹介する。一部の講演を公募から採択する可能性がある。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「近縁ゲノム比較から見えてくるゲノム再編機構」
○小林一三(東京大学医科学研究所)
制限酵素修飾酵素遺伝子は、外敵だけでなく時にはホスト細胞染色体をも攻撃し、ウ イルスゲノムのように自己増殖し、ゲノムを動き回り作り替える。細菌ゲノムの再編 には、トランスポゾンISが関与することが知られていた。ISと制限修飾遺伝子が、共 に働いて、ゲノムを作り替えた例を、近縁ゲノム比較と実験的解析とから紹介する。- 「細菌ゲノムの進化と制限酵素修飾酵素遺伝子」
○関崎 勉(動物衛生研究所)
豚の病原菌Streptococcus suis DAT1株に見られたII型の制限修飾系SsuDAT1Iは、2つの制限酵素遺伝子と2つの修飾酵素遺伝子を保有し、近傍には転移因子や繰り返し配列も存在しない特異な遺伝子構造を呈する。同じ菌種での複数菌株における遺伝子の分布を調べた結果、SsuDAT1I遺伝子は他の菌から水平伝播した外来遺伝子であり、まず非相同組換えにより菌染色体中に挿入され、その後近傍の遺伝子を含めた相同組換えによりさらに菌種内で水平伝播したと考えられた。同様な外来遺伝子獲得のプロセス、すなわち非相同組換えによる他菌種からの遺伝子の水平伝播とその後の相同組換えによる菌種内拡散は、本菌の溶血素遺伝子においても認められた。一方、SsuDAT1I遺伝子と溶血素遺伝子では染色体への挿入境界領域の構造的特徴に違いが認められ、最初に起こった外来遺伝子のゲノムへの取り込みには、異なるメカニズムによる非相同組換えが関与していると推測された。- 「同種内7株の全ゲノム比較による病原細菌の進化機構の解明」
○馬場 理・平松恵一(順天堂大学医学部細菌学)
ヒト常在菌である黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureusは、しばしば重篤な感染症を引き起こす。抗生物質に耐性な菌種も蔓延しており、今日の医療現場における最大の脅威の一つである。その病原性の本質に迫るべく、世界中で同種7株もの塩基配列が競合のもとに決定された。相互の詳細な比較の結果、約95%の塩基配列が相同であるが、相違部分は「ゲノムアイランド」と呼ばれる部位に集中しており、そこに毒素や組織破壊酵素等の病原性因子や、薬剤耐性因子が集中し、それらの遺伝子が多型性を示すことが明らかとなった。塩基配列の決定された全ての株に存在する2つのゲノムアイランドにも多型性が見られるが、そのtypeは、これらのゲノムアイランド上に存在するrestriction-modification (RM)系の修飾部位決定因子HsdSのtypeと一致する。本発表では、RM系因子を用いた生化学的解析の結果等を踏まえながら、黄色ブドウ球菌ゲノムがどのように進化し、多型性を獲得してきたのかについて考察したい。- 「ウイルスに乗った制限修飾系遺伝子」
○喜多恵子 (京大農応用生命科学)
大腸菌のII型制限修飾系遺伝子は、EcoRIやEcoRVをはじめとしてほとんどが プラスミド上にコードされており、ゲノム上にコードされている明らかな証拠は これまで全くなかった。演者はH709c株とTH38株のII型制限修飾系遺伝子の解析 を行い、H709c株ではP4プロファージ、TH38株ではP2プロファージ中の溶菌 サイクルに必須ではない領域と制限修飾系遺伝子が組換えをおこしていること を明らかにした。これらの制限修飾系遺伝子は、自身の認識配列を持たない ファージDNAに乗り、感染と溶原化によってK-12株の近縁大腸菌ゲノム上に 水平伝播したのち、プロファージ領域の変異を経て安定に保持されていると推測した。 H709c株ではISが挿入されている以外にプロファージの欠損は全く見出されなかった のに対し、TH38株ではプロファージ領域の約70%が欠損しているのに加え、菌株間で 欠損領域の多様性が存在しており、これらゲノムの安定性に違いが認められた。