種別 ワークショップ 提案者 長谷川眞理子(早稲田大学)、長谷川寿一(東京大学総合文化研究科) 趣旨 しばらく前には黎明期にあった人間行動進化学(Human Behavior & Evolution Studies)も、関連の研究大会が、米国では今年ですでに第15回年会を数え、日本でも第5回の年会を迎えるほどに着実に発展しつつある。進化生物学の理論と方法は、旧来の人文・社会科学に新たな研究パラダイムを提供し、多様な研究分野を開拓している。本ワークショップでは、1)ヒトの協力行動の進化と深く関わる社会科学的研究、2)人間行動や心理の遺伝/環境要因の定量的解析を目指す双生児法を用いた人間行動遺伝学研究、3)ヒトの死亡率性差の生物学的、社会的要因の分析、について、それぞれの分野を代表する研究者に近年の成果を紹介していただく。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「ヒトの死亡率性差の生物学的、社会的要因の分析」
○長谷川眞理子
- 「間接的互恵性における`discriminating strategy'の役割」
○大槻 久(九州大学大学院理学府生物科学専攻数理生物学研究室)
社会的集団、特に霊長類や人間における協力行動の進化を説明するメカニズムとして、近年、間接的互恵性の理論が注目を集めている。その中でも、「他者への協力者には協力し、他者への非協力者には非協力で応ずる」という`discriminating strategy'と呼ばれる行動様式が、間接的互恵性において協力の進化に寄与したのではないかという議論が盛んである。本研究では、数理モデルを用いて本当にこのような行動様式が進化し得るのかを調べた。その結果、discriminating strategy自体は個体の適応的動機から見たとき、進化し得ない戦略であることが分かった。この戦略をとる個体は「非協力者に非協力で応じた者(つまり懲罰を加えた者)」に対しても非協力で応じる。この点を踏まえ、懲罰行動の役割についても議論する。- 「ヒトの行動形質の遺伝的基盤」
石浦章一(東大・院総合文化研究科・生命)Genetic background of human behavioral traits
Ishiura Shoichi(The univ. of Tokyo)ヒトの行動が単一遺伝子の変異によって変化する例が、いくつも報告されてい る。痴呆をはじめとする精神の変化、攻撃性や難読症、脆弱X症候群などの精神 遅滞、自閉症、などである。また、注意欠陥・多動性障害や不安神経症のように 特定遺伝子の多型と相関すると報告されたものもある。一般に、ヒトの知・情・ 意についての遺伝子の寄与は環境によるものよりも大きいと考えられているが、 実際にどのくらいかについては推測の域を出ていない。今回のワークショップでは、ヒトの行動形質が、どの程度、遺伝子に依存して いるのか、また結果は再現性のあるものなのかを比較するとともに、科学的アプ ローチの限界がどれくらいかをアルツハイマー病とドーパミン受容体を例にとっ た自験例をもとに検討したい。
- 「感情の社会性をめぐって」
亀田達也(北大)On the sociality of human emotion
KAMEDA, Tatsuya(Hokkaido University)「感情」という心理現象は,個人の中で完結したプロセスとして捉えられがちである.従来の心理学的検討では,「感情」を生起させる刺激の入力,前注意的処理,認知的処理,付随する生理的反応と神経的な処理プロセスの分析など,個人内で閉じた計算論的モデルに基づくアプローチが行われてきた.しかし「感情」を個人完結的なプロセスとみなす見方は一面的に過ぎるのではないか.例えば,他者の「感情」状態が個人に転移する「感情の伝染」と総称される心理現象は,「感情」がその生起メカニズムを含め,高度に社会的な性質を持つことを強く示唆する.本発表では,「感情」の社会性,とくに人が他者の「感情」に感染しやすい特性をもつことの機能を,個人の行動戦略の観点から検討したい.本発表では,このテーマについて行った予備的な研究を紹介しつつ,「感情」が,複数個体に関わる重要な適応問題に対し集合的な解決をもたらす可能性をスケッチする.