種別 ワークショップ 提案者 曽田貞滋(京都大学大学院理学研究科) 趣旨 今日種分化を分子進化の観点から解明しようとする研究がさかんになりつつあるが, その一方で,新たな題材が生態学的な研究から次々ともたらされてきている.種分化 研究の上で,分子的・生態的アプローチは相補的な役割を果たすものである.このワ ークショップでは,種分化を促進する生態的要因,自然選択・性選択過程の解明を広 く扱うが,とくに生物間相互作用と種分化の関係に焦点をあて,相利関係における共 種分化,植食性昆虫における寄主転換を通した種分化の研究から得られた最近の成果 を紹介する.5名の講演が内定しているが,公募による講演も含める. 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「カンコノキ属-Epicephala属間の絶対送粉共生系における共種分化」
○川北篤・加藤真/京都大学大学院人間・環境学研究科
イチジク属やユッカ属、およびカンコノキ属で見られるような種子寄生性の送粉者との間の絶対送粉共生系では、両者の相互適応形質が繁殖と強く結びついているために、種分化における種間相互作用の果たす役割が大きい。特にイチジク属(約800種)やカンコノキ属(約300種)のように送粉者の寄主特異性が極めて高い系においては、送粉者を介した生殖隔離が植物の側の種分化を促進することで、両者が共種分化を繰り返すと考えられる。本発表ではカンコノキ属植物約20種とそれぞれの種を特異的に送粉するEpicephala属ホソガの分子系統樹を比較することで、両者がおおまかな共種分化を遂げてきた一方、寄主転換をともなった種分化が起こってきたことを示す。またイチジク属やユッカ属をはじめとした他の絶対送粉共生系における場合との比較に基づき、送粉をめぐる相利関係一般における種分化のパターンについての考察を行う。- 「小笠原諸島におけるイチジク属植物とイチジクコバチ類の共種分化」
○横山潤(東北大・生命科学)
イチジク属植物は、花に寄生するイチジクコバチ類 による特殊な送粉共生系を発達 させている。この送粉共生系は、1種のイチジク属植物に対して、ほとんどの場合 1種のイチジクコバチ類のみが送粉を行う著しい種特異性を示し、両者が協調的に種 分化を遂げる、共種分化によって多様化してきたと考えられてきた。本研究では、 小笠原諸島に産するイチジク属植物とイチジクコバチ類昆虫を対象に、共種分化過程の解析を試みた。解析の結果、小笠原諸島における両者の種分化の第一のステッ プは、異なる環境に生育するイチジク属植物の個体群の成立であったと推定された。イチジク属植物の開花パターンとイチジクコバチ類の飛散能力から、集団間の遺伝子交流がほとんど起こらない中で、イチジクコバチ類の認識機構として働いている揮発性物質が、集団間で異なる成分構成に固定し、部分的に生殖隔離が成立した状態が、現在の状況であると考えられる。- 「インドネシアのマダラテントウ類におけるホストレース形成と種分化」
○中野進(広島修道大)
インドネシア産の食植性テントウムシEpilachna. sp. 3はシソ科の4種と中南米原産のキ ク科植物に依存しており、ごく最近シソ科からキク科に食草転換したと考えられる。シソ 科のLeucas依存集団(昆虫をL、食草をlと略)とキク科のMikania依存集団(同様に M、mと略)の間で、交配実験、食草選択実験をおこない以下の結果を得た。1)室内では LM間の交尾はランダムに行われる。F1・F2雑種、Backcross個体も正常に育ち、性比の偏 りもない。2) L、M 、F1・F2雑種、Backcross個体の一令幼虫にlm両方の食草を与える と、L,Mはそれぞれ自分の食草のみ、F1雑種とL x F1雑種はほとんどlのみ、M x F1雑種 とF2雑種ではそれぞれ66%と26%の個体がmを摂食した。この結果は二つの食草の選好性 が簡単なメンデル遺伝で決まっていることを示唆する。以上の結果をもとにLからMへの 食草転換のメカニズムについて考察する。- 「オオニジュウヤホシテントウ種群における食草選択と生殖隔離」
○片倉晴雄(北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻)
食植性昆虫には、近縁種が異なった植物を利用しながら同所的に共存している例が数多く知られている。ここでは、日本産のオオニジュウヤホシテントウ種群において食草の違いがどの程度生殖隔離に関与しているかを紹介し、関連する問題点について議論する。食植性昆虫における同所的種分化のモデルでは、旧食草にとどまる親集団と新食草に定着した子集団の間に食草の違いによる強い生殖隔離が生じることが種分化の第1歩である。本講演では、ヤマトアザミテントウとルイヨウマダラテントウの生殖隔離が、おそらく食草の違いのみによって達成されていることを示し、食草の変換が十分に種分化の発端になりうることを述べる。さらに、オオニジュウヤホシテントウとルイヨウマダラテントウの例などを紹介しつつ、食草の変換が異所的に種分化した近縁種の共存においても重要な役割を果たしている可能性について考察する。- 「カリフォルニアMojave砂漠に生育するCamissonia refracta (Onagraceae, Myrtales)にみられる分化」
○野口順子(京大院理植物)、Jeson P Sexton and Jim Andre (UC. Riverside)
開花習性(Flower longevity)の属性は、花粉の授受を介した遺伝子の拡散と開花に伴う蒸散、呼吸、蜜の分泌のための維持コストとのバランスによって決定され、fitnessに影響することが知られている。高温で乾燥が厳しい環境の砂漠地では、蒸散、呼吸コストが大きく、この属性に強い淘汰がかかることが予測される。Camissonia属植物は開花習性の属性に関して多様であり、アメリカ西部で爆発的(62種)に分化している。今回、カリフォルニア州Mojave砂漠に生育するC. refracta において、隣接しているが水分保持条件が異なる2つの生育地、砂地と砂地より数十cm程高いマット地、の間にみられた分化について報告する。この2つの生育地に生育する個体間には、それぞれ開花習性パターン、個体のサイズ、花の大きさ、開花期に有意な差が認められた。これに基づいて分化の1つのモデルを提唱する。