種別 ワークショップ 提案者 田中嘉成(中央大) 趣旨 造山活動による海洋島や古代湖の出現によって多くの潜在的なニッチが創出されたとき,その空いたニッチに移住した数少ない生物種が,御影石の床に落ちたガラス玉の破片が飛び散るように一時に多くの種に分化していく.古生物学者達が半世紀前から示唆してきた,この表現型進化のダイナミックな描像は,その後の集団生物学の進展においては検証の的から外されていた.しかし,近年,分子遺伝マーカーによる分析が容易になって分岐時間に対する精度の高い推定が可能になったこと,進化量的遺伝学の発展によって形質の遺伝変異や選択圧の分析法が確立してきたこと,適応形質の分岐および種分化過程に関する実証研究,理論研究が著しく進展したこと,群集生態学の再興によって形質の生態学的分岐の動因となる種間相互作用の研究が集積していることなどによって,適応放散の実証研究と理論的解析は,生態学と進化学の境界領域として最も重要な研究分野となっている.今回のワークショップでは,適応放散した種群の野外研究,放散現象の基礎となる適応形質の分化の実証研究,形質の分岐による食物網の進化に関するシミュレーション実験などの分野における先進的な研究を紹介し,将来の眺望を議論したい. 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「はじめに−適応放散をめぐる集団生物学」
田中嘉成(中央大・経済)
適応放散の定義,進化過程,検証方法,研究例,生態的分岐に関する理論モデルについて,短く総説する.適応放散においては,ニッチの分化による表現型の分化および生態的分岐(生態学的機会),分断選択による繁殖隔離の獲得という過程が単系統内に短期間に生じる.したがって,正確に適応放散を検証するためには,種分化速度の推定,表現型質の進化速度,分断選択圧の測定,適応的地形図の推定などの作業が必要である.講演では,これらの推定に必要な分子遺伝データと表現型データの解析法に関して解説し,これらの分析おいて,集団生物学のあらゆる分野の枠組みが基礎になることを強調する.また,分断選択による形質の分岐のモデルを解説し,適応放散をもたらす生態的条件と遺伝的機構に関して考察する.- 「マダガスカル特産オオハシモズ類の種分化と適応放散」
中村 雅彦(上越教大・自然系理科生物)
マダガスカルはジュラ紀の中・後期(1億6000万年前)にはすでにアフリカ大陸を離れ,白亜紀後期(8500万年前)以前にはアフリカの海岸線に対して現在の相対的位置に達したと考えられている.アフリカ大陸との隔離の期間が長いため,マダガスカルに生息する鳥類の50%が特産種であり,その中でも19種で構成されるオオハシモズ類の形態変異は適応放散の例に引かれるガラパゴスフィンチ類に比べても遜色がない.最近得られた分子データでは,オオハシモズの祖先がマダガスカルに侵入したのは,およそ300万年前と推定され,祖先種が飛来した直後のほぼ同時期に5つのグループに分岐し,その後19種に種分化したと考えられている.本発表では,なぜ,オオハシモズ類がほぼ同時的に5つのグループに分岐できたのか,また,なぜ多様な適応放散が可能だったのかを問題にするとともに系統と採餌行動,社会行動の関係にも焦点を当てたい.- 「新たな環境に対する外来魚ブルーギルの表現型適応」
米倉竜次(国立環境研)
新たな環境に対する生物の適応的応答はどのくらいの時間規模で生じるのか?この問いへの科学的解答は,環境改変に対する生物の応答能力を知る上で重要である。発表者は,人為的に導入された新たな環境に対するブルーギルの適応的反応がどのくらいの規模で生じているのかを調べてきた。現在,日本に定着しているブルーギルは記録上共通の導入元(アイオワ州・ミシシッピ川)から派生しており,日本の各集団(以後,導入集団)と共通の祖先であるミシシッピ川の集団(祖先集団)とを比較することにより,形質の変化規模が最大40年余りの時間スケールの反応として評価できる。導入集団ならびに祖先集団の間で,採餌に機能すると考えられる複数の形態を比較した。導入集団における祖先集団からの形態分化の程度は導入された湖沼形態ならびに食性と関連しており,導入された湖沼における沖合帯の割合が大きいほど,また,食性が底生無脊椎動物食から甲殻類プランクトン食へと移行するほど,祖先集団からの形態分化の程度は大きかった。- 「マクロな進化動態の構成論的解析:適応放散と生態系進化の再現」
伊藤 洋 ・嶋田 正和・池上 高志(東京大学 広域システム)
適応放散は,その部分的過程が異なる理論により記述されているが,全ての過程を一連の進化動態として示した例はない. 本研究は,資源をめぐる個体間相互作用を,ニッチ空間における資源分布と資源利用パターン(個体のニッチ)の相互作用として記述する個体ベースモデルを構築した.このモデルでは,各個体は資源利用パターンの位置を幅を形質として持ち,資源競争を通して得た資源量に応じて交配・繁殖し,低い確率で形質に突然変異が生じる.このモデルを数値計算すると,祖先種がニッチの移動・拡大・縮小・分割(種分化)を急速に繰り返す進化動態が生じる. さらに「各個体は資源を利用すると同時に,自らもまた資源としてニッチ空間に存在する」ものとすることにより(反応拡散方程式として実装),たった1つの祖先種が進化的分岐を繰り返し,複数の栄養段階をもつ複雑な食物網構造が自律的に成長することが示された.