種別 ワークショップ 提案者 青木誠志郎(東大院総合文化) 趣旨 生物間相互作用はどのようにして個々の生物に影響を与え共進化をうながしているのであろうか?本ワークショップでは植物と微生物の関係を中心にこの問題について議論したいと考えている。自ら移動することのできない植物にとって環境からの影響は重要な意味を持つ。中でも病原菌に対する防御や根粒菌との共生など微生物との相互作用はその生存を左右する問題と考えられ、古くから生態的・病理的な観点より盛んに研究がなされてきた。そして近年の分子的手法の進展により生物のもつ相互作用に関わる遺伝子が数多く見つかり、その生理的機構が明らかになりつつある。一方で数理生物学・複雑系研究など生物間相互作用の根本を理論的に解明する動きもますます活発になっている。最新の研究と問題を提起いただくことにより専門分野を越えた新たな共進化研究の土台となることを期待したい。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「ゲノミクスから探るマメ科植物−根粒菌共生系の進化」
田畑哲之(かずさDNA研究所)A challenge of genomics for the investigation of the evolutional process of symbiosis between legumes and rhizobia
Satoshi Tabata (Kazusa DNA Research Institute)ゲノム構造解析とそれに続く遺伝子機能情報は、根粒菌とマメ科植物の相互作用の進化を探る上で重要な役割を果たすと考えられる。根粒菌ではこれまでにMesorhizobium loti (ミヤコグサ根粒菌)、Sinorhizobium meliloti(アルファルファ根粒菌)、Bradyrhizobium japonicum(ダイズ根粒菌)の3種で全ゲノムが解読されている。一方、マメ科植物ではLotus japonicus(ミヤコグサ)とMedicagotruncatula(タルウマゴヤシ)でゲノムの解読が進行中である。さらに、塩基配列情報をもとに、変異体の解析と原遺伝子の単離、マイクロアレイを用いた共生過程で発現が変化する遺伝子の同定などが進められている。本講演では、根粒菌とマメ科植物のゲノム解析の現状を紹介するとともに、共生のメカニズムや進化を解明するための手がかりとなり得る知見を紹介する。- 「タイのVigana属近縁野生種や栽培種に根粒を形成する根粒菌の系統と宿主植物との関係」
横山正(東京農工大・農)A co-evolutionary relationship between Bradyrhizobium nodulating wild Vigna species in Thailand and the genus Vigna subgenus Ceratotropis species
Tadashi Yokoyama(Tokyo University of Agriculture and Technology)東南アジアには、Vigna属作物やその近縁野生種が多数分布している。私達は、タイに分布するVigana 属近縁野生種や栽培種に着生している根粒から根粒菌を採取し、それら菌の遺伝的特性を日本や米国のダイズ菌と比較した。その結果、単離菌のnod遺伝子群の塩基配列はジャポニカム種やエルカニ種と大きく異なり、かつ、Vigna属植物種ごとに固有 なnod遺伝子をもった菌が共生していることが分かった。試験したVigna属植物種のうち、Ceratotoropis節に分類されるVigna属植物種には、ジャポニカム種の類縁種が共生し、Angulares節に分類されるVigna属植物種にはエルカニ種の類縁種が共生していた。Ceratotoropis節からAngulares節が分化したと推定され、Vigna属植物種は進化の段階ごとに異なるBradyrhizobium属根粒菌と共生していることが推定された。- 「マメ科植物ー根粒菌共生系で宿主特異性が進化したのはなぜか?」
青木誠志郎(東大院・総合分化・広域科学)本発表の目的はこのワークショップの2つの柱である実験生物学と理論生物学を基礎にする各講演の橋渡しをマメ科植物と根粒菌の相互作用を題材として行うことにある。このための軸となる疑問として「マメ科植物と根粒菌相互作用が相利共生系ならば宿主特異性が進化したのはなぜか?」を挙げたい。つまり、植物側にとっては窒素源の供給そして菌側に立つと植物細胞内での安定した増殖が見込まれるなら、選り好みをするよりも分け隔てなく全てのマメと全ての根粒菌が相互作用する方が両者にとって有利ではないだろうか?初めに最近の知見として、マメと根粒菌の認識系の生理学的、分子遺伝学的、系統学的な実験的研究、次に両者の相互作用の理論的研究の例を紹介し、何がわかったらこの疑問への解答に近付くのかについて考察する。この後に未熟な結果ではあるが演者の始めつつある分子進化・系統的解析についてのべたい。研究の方向は(1)Lathyrus属Vicia属(Rhizobium leguminosarum bv. viciaのみが共生と考えられている)野生種からの根粒菌単離による新たな宿主特異性が構築される現場の種分化学的な解析(2)宿主植物認識に働くと考えられている根粒菌nodD遺伝子への自然淘汰の分子進化学的な検出、であり共進化研究の一端としての検討を加えたい。
- 「共進化サイクルと多様化選択 --- 宿主・病原体相互作用とネットワークの進化」
佐々木顕(九州大学理学部)宿主と病原体など敵対的な相互作用のもとで共進化する系で、どのような種内変異構造、群集構造、種間関係ネットワークが進化するかというテーマについて の最近の理論的知見を紹介する。植物への病原菌の感染と防御のメカニズムは、遺伝子=遺伝子相互作用(植物の抵抗性遺伝子と病原菌の毒性遺伝子の組み合わせによって品種・系統間の親和 関係が決まるシステム)に基づいており、多数の抵抗遺伝子と毒性遺伝子が、イネといもち病菌、コムギと赤さび病菌などの間の複雑な進化動態にかかわって いることが知られている。この遺伝子=遺伝子相互作用にもとづく共進化の特徴を多遺伝子座の数理モデルを用いて解明する。この系は、量的形質としての抵 抗性と毒性の軍拡競争と共進化サイクルという振る舞いと、遺伝子型「一致」相互作用による多様化選択を同時に示す系であるのが特徴である。このモデルを もとに、どのような宿主と病原菌の遺伝子型間ネットワークが構築されるかなどを議論する。
なお、マメ科植物と根粒菌の共生系における特異性は、植物と病原菌の遺伝子=遺伝子相互作用とよく似た機構で決まっている。この共生系における特異性の 進化についても理論的な検討を加えたい。
- 「植物ウイルスに対する宿主防御戦略」
岩永亜紀子(九大・院理)、城間建二(東大・院理)、佐々木顕(九大・院理)Modelling of plant virus cell-to-cell movement through gap-junction and plant apoptotic defense
Akiko Iwanaga (Faculty of Science, Kyushu Univ.), Kenji Shiroma (Faculty of Science, Tokyo Univ.), Akira Sasaki (Faculty of Science, Kyushu Univ.)植物に感染したウイルスは植物体内で増殖・拡散していく。ウイルスは宿主細胞内で移行タンパク(MP)を合成し、ある閾値に達すると、これが細胞間の原形質連絡を押し広げる。このことによってウイルスの細胞間移行が可能となり、未感染細胞への新たな感染が起こる。よって、ウイルスの個体群動態は密度依存拡散方程式に従う。一方、宿主植物はウイルス感染に伴い活性酸素を生成し、それによって感染細胞とその周辺細胞が壊死してウイルスを局在化させ、植物体内への拡散を免れる(過敏感細胞死:HR)。そこで、ウイルスの細胞間移行と植物のHRの動態を空間1次元の拡散反応方程式で表し、植物のウイルスに対する防御戦略について調べたところ、活性酸素生成から細胞死までの時間に最適値が存在することがわかった。本発表ではこのモデルの解析やパラメータ依存性、さらに空間2次元に拡張したモデルについても議論する。
- アクチン遺伝子をマーカーとした二次共生生物クリプト藻におけるsymbiotic replacementの解析
谷藤吾朗(山形大・院・理工)、恵良田眞由美((財)地球・人間環境フォーラム)、石田健一郎(金沢大・理・生物)、原慶明(山形大・理・生物)Analysis of symbiotic replacement in the secondary symbiotic cryptomonads using actin genes
Goro TANIFUJI(Graduate school of Engineering and Science,Yamagata University),Mayumi ERATA(Global・Environmental Forum),Kenichiro ISHIDA(Department of Biology, Faculty of Science,Kanazawa University),Yoshiaki HARA(Department of Biology, Faculty of Science,Yamagata University)細胞内共生に伴う宿主ゲノムと共生体ゲノムの大規模な再構築、symbiotic replacementが知られている。この現象は多くの共生体遺伝子が欠失、あるいは宿主核に移動したことで認識されるが、実際どのようなメカニズムで遺伝子の選択、欠失、移動が行われるのかは明らかでない。本研究ではsymbiotic replacementへの理解を深める目的で、二次共生(真核同士の共生)により生じ、共生体の痕跡的な核であるヌクレオモルフを有するクリプト藻をモデル生物とし、真核生物のみが持つアクチン遺伝子をマーカーにして実施した。共生体由来および宿主由来のアクチン遺伝子、さらにヌクレオモルフ染色体と宿主核染色体を分離・分別する方法を確立し、共生体由来遺伝子がどちらのゲノムにコードされているか調査した。13種調査した結果、従来の結果と同じ宿主核に移動した9種(うち3種は新規遺伝子)、欠失した4種の存在を明らかにした。