種別 ワークショップ 提案者 西田洋巳(東大分生研) 趣旨 微生物のゲノム情報が急増し、株間の全ゲノム塩基配列比較が可能な細菌も存在しています。また、「種」レベルにおいて微生物(菌や細菌や古細菌の類)の90%以上が未知であると複数の研究者によって見積もられています。そのような状況下、細菌分類学においては、細菌間のゲノムDNAのハイブリ度(配列の類似度とは異なります)が70%以上を同一種であるとみなし、それに基づき次々と新種が発表されています。多くの微生物は、ただ単に分裂増殖し、自らのクローン生産のみを行っているように見えます。微生物における「種」とは何を意味しているのでしょうか、あるいは何も意味していないのでしょうか。ゲノムの構造、遺伝子の発現、タンパク質の構造を比較することから微生物の「種」と呼びうる集団を示すことができるでしょうか。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「Saccharomyces属酵母における種のアイデンティティー」
○久冨泰資・兒玉拓也・村山真彦・杉原千紗・壷井基夫(福山大・生命工学)
半子嚢酵母に含まれるSaccharomyces属には、醸造上有用なパン酵母S. cerevisiaeをはじめ23の種が記載されている。S. cerevisiaeの実験室株は真核生物のモデルとして注目され、ゲノムの全塩基配列も決定されて、遺伝子機能の組織的な研究が推進されている。しかしながら、他のSaccharomyces酵母種に関しては、性分化の機構なども未知のままであり、分類学上の種と性的隔離に基づいた生物学的種の概念との相関は明確でない。演者らは、Saccharomyces属酵母の種分化を性的細胞認識の枠組みとそれを支配する性分化遺伝子の進化から明らかにしたいと考えている。はじめに、Saccharomyces属酵母の分子系統を概説し、全基準株の胞子形成能やタリズムを調べた結果について述べる。その上で、S. cerevisiaeの実験室株との比較対象として選抜したS. paradoxusとS. naganishiiを用いた性的隔離機構に関する研究を紹介する。- 「ゲノムレパートリーの推移と微生物マクロ進化」
○梶谷泰秀・岸野洋久(東京大学農学生命科学研究科)
微生物は遺伝子の水平伝搬を経験するため、本報告はゲノムの内容が大きく分かれ、変化して行く様子を鳥瞰する。ゲノムの内容は遺伝子の組成で一次近似される。リボソームRNAはすべての生物に共有され、またその分子系統樹は遺伝子組成による微生物系統樹とほぼ整合性がある。そこで、系統プロファイルに基づきこの系統樹上のゲノムレパートリーの変化を推定すると、共生に伴い多数の遺伝子をふるい落としていることなどが見えてくる。また、遺伝子喪失の同時性と機能的な関連の相関は低いのに対し、遺伝子獲得の同時性は機能的な関連と相関する。水平伝搬したゲノム断片が機能的に自己完結しなければレシピエントから排除されるという事情が示唆される。さらに遺伝子の分子系統樹の比較解析から水平伝搬のパターン分類を行い、遺伝子との対応分析を通して微生物の表現型の多様化とゲノム進化のダイナミックスを有機的に結びつけることが可能となる。- 「遺伝子と表現型」vs「ゲノムと表現型」
○板谷光泰(三菱化学生命科学研究所)
生物の遺伝情報はすべてゲノムに書き込まれている.多くのバクテリアゲノムの全塩基配列が決められた結果、バクテリアでは種を超えたDNAの受け渡しが頻繁に大規模に起こっており、異なる祖先に由来する遺伝子の寄せ集めでモザイク様になっていることが明らかにされた。種を同定するための表現型は、遺伝子の総体で決まるのではなく発現している遺伝子の総体で決まる。しかし同じ種でも遺伝子の発現はゲノムの構造と密接な関連があるらしい。また、自然から分離した直後の株とラボで継代培養された後の株はコロニーの形態一つとっても劇的に変化する等、このワークショップの問いかけに関連した我々のデータを提示したい。- 「バクテリアにおける転写装置の多様性」
○田中寛(東京大学分子細胞生物学研究所)
トリプレットのような根本的な遺伝暗号が普遍的でも、それを読み解く装置、すなわ ち遺伝子発現系には個性が存在するので、どの細胞の中でも同じ遺伝子が発現できる とは限らない。これは、文法の違いによる意志疎通の不具合のようなものであり、分 岐した年代が古くなるにつれ顕著となる。そして遂には、独立した文化(種・属・分 類群)の分化に通じていくのであろう。本演題では、バクテリアにおける転写装置の 多様性について述べ、どうして言葉が通じない(通じなくなる)のかを考えてみたい。