種別 シンポジウム 提案者 久冨 修(阪大・院理) 趣旨 近年、ゲノムプロジェクトの進行等に伴い膨大な配列データが蓄積し、それに基づいて遺伝子やタンパク質の進化が議論されている。しかし、個々のタンパク質の進化が理解できたとしても、それらが生命現象の進化の理解に直接結びつく例は限られている。本ワークショップでは、最もよく理解されている情報受容システムである“視覚”を取り上げ、分子の進化と生理機能の進化の関連性を考えていきたい。これまで、視物質を始めとした視覚に関与するタンパク質の研究は、他のGタンパク質共役型情報受容システムを理解する上でも、数多くの有益な知見をもたらしてきた。そこで、 近年の視覚研究により得られた分子レベルでの知見をもとに、“見る”という生理機能の進化を議論していきたい。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「脊椎動物の視細胞の多様化と光情報伝達系タンパク質のアイソフォーム」
○久冨修、山本慎太郎、徳永史生(阪大・院理)
我々は、明るいところでも暗いところでも物体を見ることができるし、色を識別することもできる。それは、少しずつ性質の異なる複数種の視細胞が網膜内に存在することによるものである。光により、視細胞に存在する酵素カスケード(光情報伝達カスケード)が活性化され、細胞膜の電位変化が生じる。我々は、このカスケードを担う十数種の機能性タンパク質(光情報伝達系タンパク質)群を一つの”システム”としてとらえ、分子系統の解析と性質の比較を行った。その結果、これらタンパク質には遺伝子重複により生じた複数種のアイソフォームが存在し、それらが少しずつ異なる性質を持つことを示した。脊椎動物の視細胞の多様化には、これらアイソフォームの存在とその発現調節が重要な役割を果たしていると考えられる。また、各アイソフォームの発現には基本となるパターンが存在するが、それは生息環境に合わせて動的に変化していることが示唆された。- 「視物質遺伝子の多様な進化:霊長類と魚類から」
○河村正二(東大・新領域・先端生命)
脊椎動物の視物質には桿体視細胞型(RH1)と4タイプの錐体視細胞型[赤型(M/LWS)、緑型(RH2)、青型(SWS2)、紫外線型(SWS1)]があり、哺乳類以外の多くは基本的にこれら4タイプの錐体視細胞型を保有した4色型色覚である。それに対して哺乳類は緑型と青型を失っており、基本的に赤型と紫外線型による2色型である。哺乳類の中で夜行性や海洋性のものにはさらに紫外線型を失った単色型がいる。一方高等霊長類は赤型視物質を2種類にすることで3色型へと色覚次元を向上させている。このようなサブタイプの形成による視物質レパートリーの増大は、霊長類以外では全脊椎動物中、魚類でしか知られていない。この点で霊長類と魚類は視覚進化の点で大変ユニークである。本発表では霊長類と魚類に焦点をあて、それらの視物質レパートリーについて当研究室からの知見を交えつつ概括するとともに、この知見から展開される研究を展望する。- 「蛋白質からみたロドプシン類・光シグナル伝達系の多様性」
○寺北明久(京大・院理)
動物は多様なロドプシン類を用いて光情報を捉えている。たとえば、脊椎動物と無脊椎動物の視覚では異なるロドプシン類と光情報伝達系が使用されている。多様なロドプシン類は5つのサブグループに大別される。最近、私たちはすべてのサブグループに属するロドプシン類の変異蛋白質の発現に成功し、可視光を受容するために必須なアミノ酸残基(対イオン)を比較解析した。その結果、脊椎動物の視物質の対イオンの位置と性質は、他のロドプシン類の場合とは異なっており、分子進化の過程で変位したと考えられた。また、脊椎動物の赤感受性の色覚色素では、対イオンとしての役割から「解放」された“元対イオン”が変異し、赤感受性色素のスペクトル制御の中核を担っていることが示唆された。すなわち、ロドプシン類の多様化の過程における対イオンのスイッチングは、脊椎動物の視覚で機能している情報伝達系と色覚色素の獲得に不可欠であったと考えられた。- 「ホヤの光受容システムと脊椎動物の眼の起源」
○日下部岳広(姫工大・院理)
脊椎動物は精緻な構造の眼をもち、その基本構造は無顎類から哺乳類までのすべての脊椎動物で同じである。脳の一部である松果体(または副松果体)も、多くの脊椎動物では光受容器としての機能を備えている。脊椎動物と同じ脊索動物門に属するホヤの幼生は、眼点と呼ばれる単純な構造の脳内光受容器をもつ。最近の研究により、ホヤ幼生の光受容システムが脊椎動物のそれと多くの点で類似していることがわかってきた。そこから脊椎動物の視覚に関わる分子の多様性の起源を理解するヒントもみえてきた。さらに我々は、幼生の眼点とは別の、ホヤの光受容器を新たに発見した。これらの知見に基づいて、ホヤと脊椎動物の光受容器の相同性を論じ、脊椎動物の眼の起源と進化について考えてみたい。