種別 ワークショップ 提案者 颯田 葉子(総研大) 趣旨 MHC遺伝子群は、かつてヒトやマウスを中心に集団内の多型性やその保有機構が調べられ、さらには分子の立体構造などの情報を得て、平衡選択の働いている遺伝子であることが明らかになった。また最近では、様々な生物でのMHC領域の塩基配列が数メガ塩基対にわたり決定され、これらの領域を比較することで、MHC遺伝子群の起原や進化過程を明らかにしようとする試みが積極的に行われている。 MHCの機能がウイルス等の微生物感染に対する防御であることを考えると、MHC遺伝子が各々の生物固有の環境と調和して、進化してきたことは容易に推測される。ヒトとその他の霊長類の間でもMHC遺伝子群の遺伝子座構成が異なっているのはその一例と言えよう。現在のMHC遺伝子群にみられる各生物での特性は、それぞれの生物の歴史の違いを反映している。本ワークショップでは、MHC遺伝子群というシステムの生物特異性とその特異性がどのように形成されていったかという問題に焦点をあて、MHCの遺伝子進化を通して生物の進化を考える。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「霊長類MHC遺伝子〜原猿を通して分かったこと分からなかったこと〜」
○郷 康広(総合研究大学院大学)
MHC遺伝子群はホストーパラサイトの共進化の過程でダイナミックに遺伝子の生成・消失を繰り返す。霊長類MHC遺伝子群もその例外でなく、各系統群で独立のレパートリーを有する。しかし、その詳細な遺伝子重複の時期や機能分化の過程はいまだに明らかでない。霊長類MHC遺伝子群に関しては、ヒトを含めた真猿類と対比される分類群である原猿類のMHC遺伝子に関する研究は皆無に等しい。しかし、真猿類とマウスには進化的時間に大きなギャップが存在し、霊長類MHC遺伝子群の進化史を再構築するためには原猿類の解析は必須である。今回は、原猿類MHC遺伝子を通して分かったこと分からなかったことを概観したい。- 「新世界猿MHCクラスI遺伝子の進化」
Cladistic molecular markers and simian primate class I gene organization in the major histocompatibility complex
澤井裕美1、川本芳2、高畑尚之1、颯田葉子1(1総研大・先導科学・生命体科学、2京大・霊長類研究所)
Hiromi SAWAI1, Yoshi KAWAMOTO2, Naoyuki TAKAHATA1, and Yoko SATTA1 (1.Dept. of Biosystems Sci., Grad. Univ. for Advanced Studies, 2.Pri. Res. Inst. Kyoto Univ.)哺乳類のMHCクラスI遺伝子群は、クラスII遺伝子群よりも、遺伝子の重複と欠失が頻繁に起きている。その為、新世界猿でE-様とG-様の塩基配列が報告されているものの、ヒトのクラスI遺伝子とのオーソロジーは明らかでない。本研究では、LINEやSINEといったレトロポゾンを、遺伝子座を同定するマーカーとして利用し、霊長類、特に新世界猿のクラスI遺伝子の遺伝子重複と機能分化の過程を調べた。その結果、HLA-EやHLA-Fのオーソログの他に、従来新世界猿には確認されていなかったHLA-B/-Cのオーソログが存在することが明らかになった。また新世界猿のG-様の配列は、HLA-Gとはパラローガスで、機能を変化させている可能性が示唆された。霊長類では新世界猿とヒトの系統が分岐する以前に多様なクラスI遺伝子座を獲得し、その後遺伝子の欠失により種特異的な進化過程を辿ったことが示された。ワークショップでは、遺伝子重複の速度がヒトと新世界猿の分岐前後で変化していることを中心に議論したい。- 「ゲノム配列からみたチンパンジーとヒト MHC 遺伝子群の比較解析」
○安西達也、椎名 隆、猪子英俊(東海大学 医学部)
チンパンジーはおよそ 500 万年前に我々人類(ヒト)と分岐した最も近縁な種である。これまでに、ヒトの MHC (HLA) では、HLA 分子の持つ機能、遺伝子の持つ高度な多型性、そしてゲノム配列の決定など精力的に研究されてきた。我々は、HLA クラス I 領域のゲノムシークエンシングを終了したことにより、ヒトゲノム特有の遺伝情報の検索やゲノム多様性を解析するため、チンパンジーの MHC (Patr) クラス I 領域の塩基配列決定を行った。本講演では、これまでに研究されてきた HLA と Patr のクラス I 遺伝子の多型解析の結果とともに、我々の行った2種のゲノム配列を用いた遺伝子構成の比較、塩基置換プロファイリング、欠失/挿入(インデル)の分布、MHC遺伝子と非MHC遺伝子周辺領域での多様性プロファイルについて解析してきた結果を述べたい。- 「シークエンシングによるMHC領域の比較ゲノム解析」
○ 椎名 隆(東海大学医学部基礎医学系)
MHC領域は進化学的に保存されている遺伝子が数多く存在することや、あらゆる生物種の塩基配列情報が豊富であることから、ゲノムの動態を追究するには最適な領域といえる。そこで、本研究では我々が様々な生物種におけるMHC領域のゲノム塩基配列を決定し、比較解析することによりゲノム進化、形成の分子機構を解明し、MHC領域が生活環境に適応した免疫系を獲得してきた経緯を明らかにすることを目的とする。これまでに合計 10.5 Mb (ナメクジウオ: 511 kb、サメ: 271 kb、ウズラ: 243 kb、ラット: 3.8 Mb、ブタ: 563 kb、アカゲザル: 3284 kb、チンパンジー: 1750 kb) の塩基配列を決定し、比較ゲノム解析をおこなった結果、生物種間における基本的な遺伝子構造は大まかには保存されているが、それぞれの生活環境に適応するための MHCやMHC関連遺伝子がbirth and deathにより形成されてきたことが示唆された。 本講演では、最新の情報とともに霊長類特にアカゲザルMHC領域の比較ゲノム解析を中心に報告する。