種別 シンポジウム 提案者 河原林裕(独・産総研)、山岸明彦(東京薬科大学・生命科学) 趣旨 古細菌(アーキア)は細菌と真核生物の特徴を併せ持つことから、各微生物間の進化系統を考える場合に非常にユニークな存在である。さらに古細菌の中には好熱性を有するものが幾つも存在する事から、個々の遺伝子・酵素・蛋白質の進化過程を研究する上で貴重な材料だと思われる。さらに幾つかの古細菌に関しては、ゲノムの全塩基配列が既に決定されている。それらのゲノム情報の比較解析から、個々の遺伝子の進化の他に遺伝子の水平伝播も現在地球上に存在する古細菌を形作る上で重要な役割を果たして来ていたことが判ってきている。そこで、本シンポジウムでは、ゲノム情報に基づく複製系・耐熱性・系統関係に関する話題と遺伝子の水平伝播による進化への寄与に関する話題を、それぞれの専門家の方から提供して貰うことで、今後の進化研究に寄与していきたい。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「広範囲に遺伝子を伝播するウイルス様粒子とその役割」
○千浦 康至 (国際基督教大学)
微生物ゲノム解析の進行に伴い、系統的類縁性が極遠隔の古細菌-真正細菌 間でも遺 伝子の水平伝播が見出されてきている. 演者らは,水圏に普遍的に豊富に見 出せるウ イルス様粒子(virus-like particles; VLPs)の遺伝子水平伝播への寄与を検 討してき た. 系統的に最古で培養出来ないAquifex属好熱硫黄酸化細菌が生産する粒 子を,大 腸菌に感染させたところ,1E-4 ~ 1E-3 cfu/particleで形質導入体が得られ た. 形質 導入株の増殖速度は遅延し,生産高は約3粒子/細胞と見積もられた。感染の 際, プ ラーク形成は認められず,生産時には出芽様機構を採る. この形質導入体から 再生産 された粒子を, B. subtilis, S. cerevisiae, S. acidocaldariusに感染さ せると 1E-8 ~1E-3 cfu/particleの頻度で粒子生産能を持つ形質導入体を生じた. 約 400kb のDNAを粒子中に保持しているので,特異的遺伝子を特定中である. この粒子がDomainを異にする微生物に対しても感染能を有することから, 水圏に普遍 的なVLPの一部が,遺伝子水平伝播に携わる粒子である可能性が示唆される.- 「超好熱アーキアのエネルギー代謝系とその酵素の進化」
○大島 敏久 (徳島大学工学部生物工学科)
水の沸点付近の高温で生育する超好熱アーキアの中で嫌気性従属栄養菌Pyrococcus furiosus などでは、 解糖系はEmbden-Meyerhof経路(EM経路)と基本的には類似しているが, ADP依存性のグ ルコキナーゼ(GK)や ホスホフルクキナーゼ(PFK)などをはじめとする数種類の新規で特徴的な酵素が関 与しているため, 変形EM経路 と呼ばれている。本経路にはエネルギー代謝の新規な調節機構とユニークなATP生産 システムが存在することを 我々は見出した。また、超好熱アーキアのメタン菌Methanococcus jannashiiには、 ADP依存性GKとPFKの活性を 併せ持つ新規な二機能性GK/PFKを発見した。進化的に現存の最古の生物と予想される 超好熱アーキアの特異的な 解糖系のデザインは, 生命発生初期の糖代謝系を反映しているのかもしれない。本稿 では,超好熱アーキアの 特異的な解糖系と、その酵素に関する機能解析から明らかになった研究の現状につい て進化面を踏まえ概説する。- 「酵素の耐熱性と遺伝子進化」
○山岸 明彦 (東京薬科大学、生命科学部)
酵素の分子進化系統樹をもとに、祖先型酵素のアミノ酸配列を推定することができる。現存する酵素の遺伝子を出発材料として、推定された祖先型のアミノ酸配列を変異導入した祖先型変異酵素を作成した。作成した祖先型変異酵素を大腸菌中で大量発現し、精製した。その耐熱性を測定すると、祖先型変異酵素はもとの酵素に対して耐熱性が上昇する傾向を示した。すなわち、祖先型のアミノ酸配列は酵素の耐熱性を上昇させる傾向を持っていた。この結果は祖先型酵素を持っていた祖先生物が好熱性であった事を示唆している。 今から約37億年前に地球上に生育していたと推定される全生物の共通の祖先が超好熱菌であったという仮説が提案されている。我々の実験結果はそれを支持している。我々の実験結果に基づき、共通の祖先を巡る様々な説を検討する。
- 「ゲノムから見えてくる古細菌の系統関係と進化」
○河原林 裕 (独立行政法人産業技術総合研究所、糖鎖工学研究センター)
現在までに、既に15を越える古細菌ゲノムの全塩基配列が決定され、その情報が公開 されている。その内、Pyrococcus horikoshii、Aeropyrum pernix、Sulfolobus tokodaiiという3種の超好熱古細菌に関しては、ゲノム配列を我が国で決定した。こ れらのゲノム情報を比較解析することにより、これらの菌固有の特徴及び各菌相互の 関係が見出されてきた。そこから、PyrococcusとAeropyrumとは、現在の系統樹上で の位置関係よりも近縁ではないかという事が見出されてきた。また、S. tokodaiiの ゲノムからは、元来存在したプラスミドが今では染色体に組み込まれていると言う証 拠や、転移因子の存在等が見出されてきた。さらに、S. tokodaiiには幾つかの真核 生物に近い特徴が見出されてきた事から、EuryarchaeotaがCrenarchaeotaにさらに Eukaryoteに進化した事を示唆する点も見出されてきている。これらの点を中心に、 古細菌の進化を考察したい。