種別 シンポジウム 提案者 服巻保幸(九大・生医研)yfukumak@gen.kyushu-u.ac.jp 企画の意図 2003年4月14日にヒトゲノム配列解読完了宣言が行われ、文字通りポストゲノム(新ゲノム)時代に突入した。豊富なゲノム情報をいかに社会に還元するか、多くの試みが行われている。特に医学においては複数の遺伝子と環境因子とが複合的に作用して発症すると考えられる多因子病の解明が、その罹患率が高いことから注目を集めている。また多因子病は単に診断や治療、予防といった臨床医学の面だけでなく、多型の維持機構や遺伝子間相互作用、遺伝子環境因子間相互作用など進化学のフレームワークで捉えるべき高次生命現象と言える。その解明には遺伝統計学的手法が不可欠であるがまだ確立されているとは言い難い。本シンポジウムでは多因子病の疾患感受性遺伝子同定の理論的側面とともに、解析の現状を紹介することにより、今後のブレークスルーを目指した野心的な方法論の開発を促したい。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「疾患関連遺伝子同定の基礎理論」
○高橋亮(理化学研究所ゲノム科学総合研究センター個体遺伝情報研究チーム)
人類集団の広範な多型解析から,組換えはヒトゲノム上でランダムに起きるのではな く,限られた領域に集中的に生じ,結果的に高い連鎖不平衡が保たれる領域がブロッ ク状に組合わさってゲノム全体が構成されることが示唆されている.個々のブロック 構造の長さは 10kb から時には 100kb に及び,少数の多型座位によってブロック内の 多様性の大部分を表現することができる.従って,生活習慣病等,発症頻度の高い疾 患の責任因子も集団中に高頻度で存在するのであれば,ハプロタイプを代表する少数 の変異を指標に,連関解析の高速化が可能である.しかしながら,この考え方の前提 には集団遺伝学的な根拠に乏しく,その有効性を疑問視する声も根強く存在する.配 列決定の次の段階に突入したと言われるゲノム研究だが,遺伝変異の維持機構を理解 し,多型情報を指標に表現型変異の遺伝基盤を解明するには,まだ必要な配列情報を 欠いているのが現状である.- 「免疫系多因子病の解析現状」
○塩澤俊一(神戸大学医学部保健学科膠原病学講座/医学系研究科)
膠原病は、遺伝素因に環境要因(引き金)が加わって発症する。 膠原病の一つである関節リウマチの遺伝素因について、マイクロ サテライトマーカーを用いた家系解析を用いて疾患感受性遺伝子座 を第1染色体D1S214/253、第8染色体D8S556、X染色体DXS1232/984の 3箇所に同定した。この結果を踏まえて、当該部位に位置する疾患感 受性遺伝子として、第1染色体に位置する疾患遺伝子として細胞死誘導 受容体FasのファミリーであるDR3遺伝子の変異を同定した。変異保有者 ではアポトーシスが正常に進行しないためにリンパ系に過剰増殖を来たして 自己免疫疾患に至る可能性が示唆された。第8染色体に位置する疾患遺伝子 としてアンギオポエチン1 (Ang-1)遺伝子の変異を同定したが、変異遺伝子 産物は血管造生を促進して炎症を拡大する可能性が示唆された。最後に、 X染色体に位置する疾患遺伝子として細胞の遊走性に関わる低分子量G蛋白に 対するGEFであるDblプロトオンコジーンの変異を同定した。この変異は細胞 の遊走、方向性あるいは白血球の活性酸素生成能などの機能異常を引き起こし て炎症の終息を困難にすると推定された。以上の結果は、膠原病の疾患遺伝子 が生理的な細胞増殖と細胞死に関わる分子の変異であり、それぞれその機能異常 が遺伝素因を形作っていること示している。また、細胞死に陥り難いことある いは増殖傾向といった資質がおそらく進化上保存されて人類に有利であったこ とが窺われる一方、他方ではそれが同時に疾病の原因を形作っていることが 示唆された。- 「カルパイン10(NIDDM1)の倹約遺伝子仮説 」
○堀川 幸男(群馬大学生体調節研究所)糖尿病、高血圧、肥満などの生活習慣病、いわゆる‘ありふれた疾患‘は、多遺伝子型で非メンデル型であるため、従来の連鎖解析では原因(感受性)遺伝子を同定できなかったが、最近我々は連鎖不平衡マッピングの方法で2型糖尿病の感受性遺伝子カルパイン10 (NIDDM1) を同定し、リスクハプロタイプの組み合わせを持つものがインスリン抵抗性の表現型を呈することを報告した。さらにカルパイン10遺伝子の進化学的プロフィールをより理解するため、日本人を含む他の種々の民族、霊長類を検討したところ、カルパイン10 遺伝子領域には遺伝的浮動だけでは説明できない自然淘汰の存在が示唆され、分子レベルで倹約遺伝子であることが証明できた。本講演では生活習慣病の代表格である’ありふれた糖尿病‘におけるカルパイン10の意義に関して概説する。- 「統合失調症の遺伝解析の現状」
○柴田弘紀、服巻保幸(九大 生医研 遺伝情報)
- Progress in genetic analyses of schizophrenia
○Hiroki Shibata, Yasuyuki Fukumaki(Res. Ctr. Genet. Info., Med Inst. Bioreg., Kyushu University)
統合失調症は多因子病として知られるが、遺伝要因が強く発症に関与していることが疫学的に示されている(ls=10)。しかし、我々が行った罹患同胞対解析では、単独で強い効果をもつ遺伝子の存在は否定され、弱い効果をもつ多数の遺伝子の関与が示唆された。(Arinami et al. 2003)。そこで、弱い効果をもつ遺伝子の検出により効果的とされる症例対照研究を、グルタミン酸伝達異常仮説に基づいて行っている。すなわちグルタミン酸受容体遺伝子群全メンバーを候補遺伝子とし、各遺伝子座から複数選択されたSNPについて、疾患との有意な関連を検討している。さらにハプロタイプの解析も合わせて行い、検出力を向上させている。現在14遺伝子座の解析が終了し、GRM3及びGRIA4を含む7遺伝子座において疾患との有意な関連を見い出した(Fujii et al. in press; Makino et al. 2003)。- 「痛風、壊血病と進化」
○颯田葉子、高畑尚之(総合研究大学院大学先導科学研究科)
生物の進化には生物を取り巻く環境や他の生物の存在が大きく関わっている。そしてそのような相互作用の結果はゲノムの中に半永久的に刻まれる。代謝系の遺伝子の変化はその代表例と言える。例えば、霊長類ではビタミンCを合成することができないが、これは、霊長類の祖先で葉や果物などビタミンCを豊富に含む食餌が可能となり、結果としてビタミンC合成酵素の欠損が個体の生存に影響しなかったためと考えられる。今回紹介する痛風と壊血病は、プリン代謝系およびビタミンC代謝系での酵素欠損が関与する疾病である。それぞれの代謝系での酵素欠損は、進化の過程での環境との相互作用の必然ともいえる結果である。本講演では、それぞれの代謝系での酵素欠損の時期の推定と、酵素欠損が及ぼした代謝系への影響などを紹介し、さらに、この酵素欠損が環境とのどのような相互作用の結果うまれたのかについて、議論する。