種別 シンポジウム 提案者 川畑俊一郎(九州大学院理学研究院) 趣旨 近年のさまざまな生物のゲノムや蛋白質の構造に関する情報が蓄積するにつれて、感染微生物に対する生体防御の研究がこれまでの哺乳類中心的な獲得免疫研究に加えて、広く多細胞生物一般で見られる自然免疫による異物認識と排除の分子基盤の解明 が急速に進展している。本企画は、感染微生物に対する認識蛋白質の分子基盤、免疫細胞の活性化の分子機構、自然免疫システムの分子進化的考察等を総合的に討論しようとするものである。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「補体系の起源と進化」
○野中 勝(東京大学大学院 理学系研究科)
哺乳類の免疫系は、獲得免疫と自然免疫に大別されるが、前者が有顎脊椎動物の出現 初期に成立した事はほぼ確立されている。一方、自然免疫はより古い起源を有し、関 与する遺伝子の一部は前口、後口動物に共通に認められる。補体系は自然免疫と獲得 免疫にまたがって生体防御に重要な役割を果たす反応システムであり、哺乳類の場合 は30以上の成分からなるが、これまでの系統発生学的研究からは後口動物に固有の システムと考えられている。我々は近年ドラフトゲノム配列の公表された尾索動物の カタユウレイボヤを用いて、補体関連遺伝子の網羅的同定を行い、各遺伝子は哺乳類 と同程度、またはそれ以上のコピー数で存在すること、しかしながらその遺伝子増幅 は哺乳類のものとは独立に生じているを明らかにした。また、いくつかの遺伝子につ いては、興味深いドメイン構造の進化が認められた。これらの結果に基づき補体系遺 伝子の分子進化、ゲノム構造の進化について論じたい。- 「DNAマイクロアレイを用いたホヤの免疫遺伝子の網羅的解析」
○安住 薫(北海道大学大学院 薬学研究科)
ホヤは進化的に脊椎動物と共通の祖先を有するが、ゲノム解読の結果、 ホヤには獲得免疫系遺伝子が存在しないことが明らかになった。自然免疫 はヒトからハエにいたるすべての動物に共通の免疫機構であるが、自然免 疫系の進化を明らかにする目的で、我々は、ホヤ免疫組織である血球に特 異的なcDNAチップ(2,000 cDNA)を作製し、血球における免疫応答遺伝子 の網羅的なスクリーニングを試みている。また、ホヤ全遺伝子の80%をカバ ーするcDNAチップ(13,400 cDNA)を作製し(CREST・代表、京大佐藤矩行教授)、 外部からの刺激によってホヤ成体内で生じる遺伝子発現の変動を網羅的に解析 するシステムを確立した。現在、ホヤ体内にウィルス、リポ多糖等の異物を接種し た時に生じる遺伝子発現の変動、および、海洋汚染物質に暴露した時に生じる 遺伝子発現の変動を解析している。- 「異なる種間でみられるToll-like receptorを介した自然免疫機構の共通性」
○牟田達史(九州大学大学院 医学研究院)
抗体などを介した精妙な獲得免疫系をもつ脊椎動物でも、最初に感染微生物を認識し応答するのは、自然免疫系と呼ばれる全ての多細胞生物が生まれながらにして備えている免疫機構である。近年、哺乳動物の自然免疫系も、Toll-like receptor(TLR)という一群の分子を介して、多彩な微生物由来の物質に応答することが明らかになった。TLRは、ハエの初期胚発生と生体防御の双方に必須であるTollという分子のホモログである。Tollの活性化には、カブトガニの微生物応答性の体液凝固系に類似の機構が関与し、さらに植物でもToll様の構造をもつ分子が生体防御に関わっている。同一のゲノムをもつ自己細胞の集合体である多細胞生物の誕生には、非自己である微生物の侵入を排除する機構が必須であった。一見多様な異なる種の自然免疫系の分子機構には、元となった共通の起源の痕跡と、それぞれの環境に応じた適応進化の足跡が垣間見える。- 「ペプチドグリカン認識蛋白質の分子進化」
○Adriana Maria Montano Suarez, 颯田葉子(総合研究大学院大学 先導科学研究科)
ペプチドグリカン認識蛋白質(PGRP)は細菌や菌類の細胞表面のペプチドグリカンの架橋のパターンを認識する蛋白質で、自然免疫系で重要な役割を担っている。PGRPをコードする遺伝子は現在までにショウジョウバエで13種類知られているが、ハマダラカのゲノムには7種類が知られている。これらの遺伝子の比較から無脊椎動物のPGRP遺伝子には、種を超えて存在する保守的な遺伝子と、種特異的な遺伝子が存在していることがわかった。一方、ヒトやマウスでは4種類のPGRP遺伝子が知られているが、その起原や無脊椎動物のPGRP遺伝子との系統関係などはまだ明らかになっていない。現在、フグやホヤのゲノムの全塩基配列の情報が得られるので、これらの生物でのPGRP遺伝子の多様性を調べている。これらの結果から、特に脊椎動物PGRP遺伝子の起原と進化の過程について議論する。- 「昆虫抗菌タンパクの適応進化」
○伊達敦子(お茶の水大学大学院 人間文化研究科)
昆虫は、傷や菌の感染に伴い、体液中に抗菌・抗真菌タンパクを分泌し異物を排除する。これら抗菌タンパクは厳密な抗原特異性は見られないが、菌の細胞壁や細胞膜に対し攻撃することで、効果的に殺菌を行う。現在まで、ハエやガを中心に様々な抗菌タンパクが単離され、また一方で抗菌タンパク遺伝子がゲノム中に大きなファミリーを形成していることも明らかになっている。これら抗菌タンパク遺伝子は、昆虫種特異なものもあるが、大半が起源が古く、それぞれの昆虫種ごとに、生息環境に応じた多様化を遂げたと考えられる。今回、分子進化学的観点から、代表的な抗菌タンパクであるセクロピンやアタシンを中心に、その適応進化のあり方について再考を行った。ゲノム解析の知見もあわせ、その成果を報告する。