種別 シンポジウム 提案者 望月敦史(基礎生物学研究所) 趣旨 遺伝子進化と表現型進化とをつなぐ事は進化生物学上の主要なテーマのひとつであるが、形態形成の機構を理解することで、この問題は解決できると思われる。形態形成の基本原理は、現在まさに明らかにされようとしている。すなわち、発生において形態形成制御のために繰り返し使われる基本的な分子セットが存在すること、つまり形態制御のメカニズムとして基本的な機構が幾つか存在することが明らかになりつつある。それらメカニズムについて実験的或いは理論的に、構成要素の性質(分子orパラメータ)と形態との関係を調べる研究が進んでいる。特に、数理モデルを用いた研究は、現実には存在しない形態や過去の生物の形態形成についての考察を可能にする。このシンポジウムでは、形態形成の分子機構の研究、数理モデルによる形態形成や体制の進化の研究について、それぞれの研究者が紹介する。これらの研究が連携することで、遺伝子の変化とそれによる表現型の変化との関連が明らかになるだろう。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「形態形成を制御する細胞増殖因子」
上野直人(基礎生物学研究所)多細胞生物の個体発生において細胞間相互作用は必須であり、その相互作用を介在しているのは細胞接着分子、細胞増殖因子、ホルモンなどである。なかでも細胞増殖因子は種間の保存性が高く、個体発生の様々な形態形成過程で必須の役割を担う機能分子であることが知られている。我々はTGF-βスーパーファミリーの初期発生におけるパターン形成能に注目し、アフリカツメガエル初期胚を用いて実験発生学的な解析を行った結果、同ファミリー因子の進化の過程で遺伝子重複によって生じた小さな構造変異が、機能的にも大きな違いを生んでいることを見いだした。一方、節足動物、脊椎動物間ではその機能は保存されているものの、線形動物C.elegansの形態形成では全く異なった使われ方をしているということも明らかになった。細胞増殖因子の構造と機能の多様性について紹介する。- 「近接細胞間相互作用と形態多様性」
望月敦史(基礎生物学研究所)魚類の網膜上では異なる光波長に感度のピークを持つ4種類の錐体細胞(B,U,G,R)が規則正しく配列しており、錐体モザイクと呼ばれている。魚種間で異なるパターンが観察されることが知られているが、実験的にはこのパターンの生成メカニズムはまだ明らかではない。パターン形成のメカニズムを、異なる生物学的仮定に基づいた幾つかの数理モデルを比較することで明らかにした。その結果、細胞間に働く接着力の大きさが細胞のタイプに依存して適当な値に調節されているとき、錐体モザイクが形成されることがわかった。生成されるパターンは細胞間接着力の大きさによって大きく変化する。ゼブラフィッシュで観測されるrow mosaicが生成されるための細胞間相互作用の条件と、メダカのsquare mosaicの条件を定めることができた。これらの条件はパラメータ空間中で隣接していない。出来上がった網膜の空間解像力を維持できる細胞間相互作用の条件は限られており、それらのうちたまたま進化の過程で選ばれたものが実現されていると考えている。- 「等間隔パターンを生むシステムと表現型」
近藤滋(理研・発生再生研究センター)進化的に近い種間では形態が似ており、進化的に離れていれば形態異なるのが普通である。しかし、動物の皮膚模様では、この常識が成り立たない。たとえばトラとチータとヒョウは互いに近縁であるが模様は異なる。しかし、ヒョウと同じ模様を持ったカエルや魚が存在したりするのである。また、熱帯魚のようにごく近縁種の間で、ありとあらゆる模様のバラエティのあるものもある。これは、平行進化としておきた現象ではない。模様を作るメカニズムは反応拡散系と呼ばれる、いわば化学反応の波のような現象と考えられている。反応拡散系のような動的なシステムでは、システムのわずかな変異が見かけのパターンの大きな変異となって現れるため、近縁のものでもまったく異なる模様が発生するのである。このような原理によってできる遺伝的な形質の場合、ゲノム状のわずかな変化が大きな外見上の変異となり、種分化の原因となる可能性がある。- 「コンピューターの中で生物の形の進化を再現する」
宇佐美義之(神奈川大学工学部物理学教室)一般には(と言って、生物現象は広範なので乱暴な表現だが)、生物は進化の過程で、膨大な変形を行ったと思えるが、おそらくはこれらは一切痕跡を残さずに消えていき、残ったのは僅かであって、化石として残ったのは更にそれらの断片であると考えられる。本研究では、生物の形の進化について幾つかの原始型を仮定し、そこから序々に形を変形させていって、運動の能力を分析していくことにする。このことにより、化石には残されない進化の途中のプロセスをコンピューターの力を借りて再現することが可能となる。
例の一つとして、カンブリア紀最大の捕食者であるアノマロカリスを取り上げ、形の進化の必然性を議論する。アノマロカリスは5億3千万年前、生命が爆発的進化を起こした時代に全地球的に繁栄した節足動物であるが、驚くべきことに現在生存する脊椎動物であるエイと同じ体型に収斂進化していった。本研究ではこのような進化の最初期に起こった生物の形の進化を、コンピューターの中の仮想生命の進化として再現する。