種別 シンポジウム 提案者 岩部 直之(京都大学大学院理学研究科) 趣旨 生物の系統関係を正しくとらえることは、形態レベルの進化と遺伝子レベルの多様化の関係を理解する上での、最も基本的かつ重要なことの一つであろう。遺伝子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列に基づく「分子系統樹推定法」が普及し、形態の比較や化石に基づく解析からのみではうかがい知ることの難しかった様々な系統関係が、現在解明されつつある。本シンポジウムでは、哺乳類(真獣類)、脊椎動物(有顎類)、真核光合成生物(様々な藻類)、三超生物界(真正細菌、古細菌、真核生物)の系統関係および進化の過程で起きた興味深い出来事について、4名の講演者に研究の最前線のお話をして頂く。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「真獣類の系統関係と年代の推定」
○曹 纓(統計数理研究所)
分子系統学から明らかになってきた真獣類の系統樹は、従来の形態学を基に考えられてきた分類とは、いくつかの点で異なる。特に注目されるのは特殊化した真獣類であるクジラがカバに近縁だということである。クジラは偶蹄類の内部系統に入ることで、クジラと偶蹄類を合せて偶蹄クジラ目と呼ばれるようになった。また今まで食虫類に分類されていたハリネズミにそっくりで、針に覆われたマダガスカルテンレックや、モグラのように地下生活に適応して目が退化したキンモグラらが、ゾウ、ハイラックス、ツチブタなどアフリカで進化した哺乳類の仲間であることも明らかになった。これらは総称してアフリカ獣類と呼ばれている。今回のシンポでは、核の遺伝子やミトコンドリア遺伝子など最近アップデートされた分子データによる真獣類の系統関係及び分岐年代について紹介する。- 「核にコードされたタンパク質による脊椎動物の系統関係の推定」
○加藤 和貴(京都大学大学院理学研究科)
ミトコンドリアの全塩基配列を用いて、 Rasmussen らは 1999年、有顎動物の系統関係について従来信じられていたのと大幅に異なる系統関係を提案した。しかし、ミトコンドリアの配列は、核に比べて進化速度が高い上に系統ごとのばらつきも大きいといった、系統関係を推定する上では大きな欠点を持っている。そこで我々は、核にコードされた複数の遺伝子の塩基配列を決定し、それを用いて有顎動物の系統関係を推定した。その結果、Rassmussenらの解析とは異なり、もっとも古い時期に軟骨魚類が他の有顎動物から分岐したという、伝統的な系統関係が支持された。この問題に加えて、形態や化石の証拠からは明確な結論が得られていなかった、条鰭類の中の軟質類(チョウザメ)、全骨類 (アミアとガー)、真骨類 (その他の条鰭類) のあいだの系統関係を推定した。その結果、現在比較的広く信じられている説とも、ミトコンドリアに基づく説とも異なる結果が得られた。これらの解析結果について報告する。- 「真核光合成生物の多様性と系統:過去現在、未来」
○井上 勲(筑波大学生物科学系)
リンネ第24綱でUlva, Fucus, Confervaの3属として記載された藻類は、現在では、原核藻類である藍藻シアノバクテリアと、細胞構造や機能面で大きく異なる10の真核植物門を含む多系統群として認識されている。細胞微細構造データから、藻類が起源の異なる生物群から構成されていることが予想されていたが、クリプト藻において真核の痕跡であるヌクレオモルフが発見されるに至り、二次共生による真核生物の植物化が複数回起こったと考えられるようになった。分子系統の結果はこれを裏付け、藻類の多くは従属栄養性の原生生物が真核藻類を取り込んで植物化した、二次植物であることが明らかになっている。多くの藻類群について、植物化以前の系統も明らかになり、真核生物には動植物、菌類に並ぶ巨大な系統群が存在することもわかってきた。真核生物の多様性と進化の理解は未知の原生生物の探索と今後の原生生物の研究の進展に依っている。- 「三超生物界の系統樹 - 遺伝子水平伝達と真核生物の起源を中心に -」
○隈 啓一(京大・化研・バイオインフォマティクスセンター)
我々は1989年に、真核生物と古細菌の近縁性を重複遺伝子対を用い た解析で示した。しかしその後、多くの遺伝子でこの結果と矛盾す る系統樹が報告された。これは非相同な遺伝子の比較や、頻繁な遺 伝子水平伝達が原因だと考えられる。そこで、ゲノムの決定した60 種の生物が保持し、かつ相同な34種のタンパク (70個のサブユニッ ト) で最尤法による系統樹推定等を行った結果、ほとんどのタンパ クで真核生物と古細菌の近縁性が再確認された。古細菌は単系統群 なのか、それとも真核生物に近縁な一群が存在するのかについても 併せて議論する。また、超生物界間で遺伝子の水平伝達が起きる条 件について解析した結果、その遺伝子がコードするタンパクの高次 構造とゲノムへのコードのされ方が重要であるとの知見を得た。さ らに、他の生物から獲得した遺伝子に相同な遺伝子を元々有してい た場合、両者がいかに進化するかについて、興味深い結果が得られ たので紹介する。