種別 シンポジウム 提案者 陶山佳久(東北大院・農)、舘田英典(九大院・理) 趣旨 近年の分子生物学的分析技術の急速な進歩に支えられ、現在では様々な生物集団について比較的容易にDNAレベルの情報を得ることができるようになってきた。例えば個体間の遺伝的な違いや、花粉・種子による遺伝子の動き、集団内の遺伝的構造、集団間・種間の分化の程度などを高い精度で検出することができるようになってきたのである。すでに「分子マーカーを使ってみました」という時代は終わり、現在では様々な生態学的・進化学的仮説の検証や、従来測定不可能と考えられていたデータの実測が行われるようになってきた。そこで本シンポジウムでは、森林植物の研究にいち早く分子マーカーを取り入れてこの分野の第一線で活躍している講演者を招き、「ここまで進んだ森林分子生態学」を概観したいと考えている。分子生物学的な分析技術のノウハウから、その応用方法、個々の研究対象・データ自体のおもしろさに至るまで、得るものの多い機会になることを目指し、我が国におけるこの分野の研究を発展させるきっかけにしたいと考えている。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 遺伝マーカーで探る地史的イベントによる遺伝構造の形成プロセス
○井鷺祐司(広島大・総合科学部)
マイクロサテライトマーカーは高度の多型,共優性等の性質から生物集団内の親子解析に広く用いられているが,これらの特長は種内の遺伝的交流の歴史や遺伝構造形成に関する解析においても有効なものである。本研究ではそのようなアプローチとして,中四国および九州の一部の限定した地域に生育する水散布植物キシツツジを対象に,過去・現在の流域構造および散布様式が遺伝構造の形成に及ぼした影響について解析した。キシツツジ32集団について系統解析を行った結果は,現存するキシツツジ集団の遺伝構造が最終氷期終盤の瀬戸内海形成以前に中四国地方に存在した2つの大河の構造を反映するものであることや,現在の遺伝子流動が河川内に限定され,かつ方向性のあるものであることなどを示し,それらが局所的に分布するキシツツジ個体群の遺伝構造の形成や種分化に主要な役割を果たしたことが明らかとなった。- 「スギおよび近縁種の塩基配列多型」
○角友之(九州大学理学府)・吉丸博志(森林総合研究所)・津村義彦(森林総合究所)・舘田英典(九州大学理学研究院)
核遺伝子の塩基配列多型からは、同義・非同義置換、遺伝子内組換え、遺伝子系図など多くの情報が得られる。複数の遺伝子座のデータから集団構造などゲノム全体に働く効果と自然淘汰など遺伝子座特異的効果を分離することもできる。アロザイム等を用いた研究から遺伝的変異の量やパターンが世代時間や交配様式など生活史の影響を受けることが知られているが、塩基配列多型を調べることにより、他のマーカーでは検出困難であった過去の集団構造、自然淘汰などの要因の効果を明らかにできる。本講演では、世代時間が長く他殖性のスギおよび近縁種ヌマスギの複数の核遺伝子座の塩基配列多型を調べた結果を、生活史の異なるシロイヌナズナなどとの比較も含めて議論する。スギでは、塩基多様度が比較的低くまた遺伝子座ごとに大きくばらつくこと、遺伝子内組換え量が低いこと、適応的あるいは有害な変異に対する自然淘汰の効果などが明らかになった。- 「雌性先熟・雄性先熟個体をもつオニグルミの繁殖生態」
○木村恵(東北大・院・農)・陶山佳久(東北大・院・農)・清和研二(東北大・院・農)・上野 直人(新潟大・院・自)・後藤 晋(東大・演)・松井 理生(東大・演) ・高橋康夫(東大・演)・Keith Woeste(USDA Forest Service)雌雄異花同株植物のオニグルミJuglans ailanthifoliaは1つの集団内に雌性先熟個体と雄性先熟個体の2つの開花タイプが存在するheterodichogamyである。開花フェノロジーの調査から雌性先熟・雄性先熟タイプそれぞれの雌花の開花時期が他方のタイプの雄花の開花時期と同調することが明らかとなっており、両タイプ間で相補的に交配しているものと考えられる。
本研究では結実量(雌としての繁殖成功度)の評価といった野外における生態的な調査のみならず、マイクロサテライトマーカーを用いた種子の父性解析を行うことにより、各開花タイプが花粉親としてどれだけ種子を生産したか(雄としての繁殖成功度)を評価した。この雌としての繁殖成功と雄としての繁殖成功を2つのタイプ間で比較することにより、オニグルミにおけるheterodichogamyの生態的意義について検討した。- 「ブナ林における種子と花粉の動き:果皮と子葉のDNA分析による正確な親個体特定」
○陶山佳久・丸山薫・清和研二(東北大院・農)・富田瑞樹(横浜国立大院・環境情報)・高橋淳子(スウェーデン農科大)・高橋誠(林木育種センター)・上野直人(新潟大・農・フィールドセ)
多型性の高い分子マーカーを用いれば、生物集団における親子関係の特定が可能であり、正確な親子特定に基づいた多数のデータを集積すれば、集団内における遺伝子流動様式や各個体の繁殖成功度を明らかにすることができる。本研究ではマイクロサテライトマーカーを用いてブナ当年生実生の親個体を正確に特定することを目的とし、分析手法を工夫した。すなわち、まず実生に付着した母方由来の組織(果皮)の遺伝子型を調べることによって種子親を特定し、次に子葉の遺伝子型を調べて花粉親を特定する2段階のアプローチを行った。その結果、90m×90mの調査区内に発生したブナ当年生実生約1,000個体について親個体が特定された。この手法によって、各実生の種子親・花粉親を区別して特定することができ、ブナ天然林における親個体ごとの種子・花粉散布様式や、実生集団における各親個体の種子親・花粉親としての貢献度が明らかになった。- 「ゲノムワイドな解析によるスギ及びヒノキの天然集団の遺伝的分化」
○津村義彦(森林総合研究所)・岩田洋佳(中央農業研究センター)・谷 尚樹(森林総合研究所)・松本麻子(森林総合研究所)・伊原徳子(森林総合研究所)・内田煌二(筑波大学)
スギゲノム研究で蓄積されたEST情報をもとにSTS化したマーカーを用いて共優性遺伝マーカーの作出を行った。スギとヒノキは進化系統的には比較的近縁な樹種でことが明らかになっているため、これをヒノキに応用したところ約1/3が直接使用可能であった。これらのマーカーを用いてゲノムワイドに天然集団の解析を行い、それぞれの樹種の集団間分化を調査した。スギでは連鎖地図ベースで150遺伝子座を用いて分布域を全体から20集団の解析を行った。ヒノキについても同様に54遺伝子座で20集団の分析を行った。これまでの10数座の遺伝子座の研究では見えてこなかった集団間の遺伝的な関係が明らかとなった。またこれらの結果を用いて過去の分布変遷との関係を議論する。