種別 ワークショップ 提案者 野村昌史(千葉大学・園芸:http://www.h.chiba-u.ac.jp/insect/)、森中定治(日本生物地理学会)、連絡先:森中 趣旨 昆虫は,地球上に知られている全生物,つまり記載された生物の50%以上を占める.このことは,環境問題など人類にとって重要な問題に対処しようとするとき,昆虫類が重要な位置を占めることを意味する.このワークショップは,昆虫の分子データに基づいた系統研究から見えてきた進化にかかわる興味深い問題点について,第一線の研究者が最新の話題を提供し,それに基づく討議によって,生物の進化にかかわる理解を深めるという意図で企画した.分子データを系統研究のみに用いるのではなく,それを土台とした「一歩先」を見るこの企画は,参加者に生物の進化を考える大変有用なインパクトを与える. 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「シラミのミトコンドリア DNA 徹底解剖:分子系統解析と分子形態解析 」
吉澤和徳(北海道大学大学院農学研究科昆虫体系学教室),Kevin P. Johnson(Illinois Natural History Survey, USA)本講演では,ミトコンドリアの 12S, 16S rDNA の塩基配列を用いたシラミの系統解析と,rDNA の二次構造解析,塩基組成の解析といった,DNA の「形態学的」な検討を 行った結果を報告する.本研究で明らかとなったのは,次の3点である.(1) シラミのミトコンドリア DNA の塩基置換速度は,近縁昆虫(チャタテムシ,半翅類)と比較 し,約3倍速い (2) シラミのミトコンドリア DNA の GC 含有量は,近縁昆虫と比較 し,有意に高い (3) 一部のシラミの 12S rDNA には,特異な二次構造が見られる.系 統仮説と照らし合わせることで,これら1〜3の現象が互いに強く相関していることも 明らかとなった.シラミのミトコンドリア DNA に,このような特異な進化傾向が観察 される理由の説明として,(A) 温血動物上での寄生生活に伴う適応進化 (B) 弱有害突然変異の蓄積のいずれかが有効であると考えられた.- 「翅のない蛾、コシロモンドクガのmtDNAには琉球列島の地史が刻み込まれている」
野村昌史・平野 大(千葉大・園芸)、新垣則男(沖縄農試)コシロモンドクガ Orgyiaposticaは鱗翅目ドクガ科に属する昆虫で日本では南西諸島の島々に分布している。 本種は性的2型がありオスは飛翔できるのに対し、メスには全く翅 がなく羽化した場所で交尾、産卵を行う。したがって本種の分散能力は極めて低いと考えられ、島ごとに変異が蓄積していると考えられ、性フェロモン成分が 異なる系統も報告されている。そこで島嶼部に分布している点からその個体群変異を元に本種の進化の道筋を考えるとともに、南西諸島の成立についても考察 することを目的にDNAの塩基配列解析を行った。南西諸島8島18個体群のミトコンドリアDNAのND5(756bp)およびCyt-b(630bp)領域の塩基配列解析から本種は大きく2つのグル ープに分れ、2つの性フェロモン成分を反映するものとなった。このグループの分岐は約520万年前と推定され、琉球列島の成立過程と一致する面が多くみ られた。- 「オオゴキブリ類の系統解析〜腐朽材の穿孔生活から地中生活への進化」
前川清人(富山大・理・生物)・Nathan Lo(農生資研)
ゴキブリ目の中で最も派生的な分類群の一つとされるオオゴキブリ科のうち,形態的に極めて類似した2亜科(オオゴキブリ亜科とモグラゴキブリ亜科)は,食性や行動,地理的分布に大きな違いが見られる.アジアからオーストラリアに分布するオオゴキブリ亜科は,穿孔した朽ち木内に住み,かつその材を食料とする.オーストラリアに固有のモグラゴキブリ亜科は,地中に巣穴を掘って住み,地表で集めた落ち葉などを食料にする.このような多様なライフスタイルや分布パターンがいかにして形作られたのかを理解するために,2亜科全10属のうち9属から3遺伝子を解析し,系統関係および分岐年代の推定を試みた.その結果,オオゴキブリ亜科はモグラゴキブリ亜科に対し側系統であることが示され,アジアとオーストラリアの両大陸プレートが衝突した2000万年前以降に,アジアからオーストラリアに侵入した木材穿孔性のゴキブリから地中性のゴキブリが進化したことが示唆された.中新世期以降にオーストラリア大陸で何度か生じた強力な乾燥化は,このような地中生活への進化を促した要因ではないかと考えられる.- 「トリバネチョウの系統解析から」
Some topics on phylogenetic analysis of birdwing butterflies
森中定治(日本生物地理学会)
Sadaharu Morinaka (The Biogeographycal Society of Japan)トリバネチョウ(Birdwing butterfly)はアゲハチョウ科ジャコウアゲハ族のなかのひとつのグループであり,キシタアゲハ属,アカエリトリバネアゲハ属およびトリバネアゲハ属からなる.この伝統的なグループは,形態形質を用いた近年の系統学的研究(Zeuner, 1943; Hancock, 1983; Miller, 1987)で単系統群であることが示されたが,Parsons(1996)は,キシタアゲハ属とトリバネアゲハ属は近縁ではなく,このグループは単系統群ではないとした.筆者は,ミトコンドリアDNA次いで核DNAを用いてトリバネチョウ全種の系統解析を行い,ジャコウアゲハ族全属の系統を背景にしてトリバネチョウの単系統性を検討した.この講演では,この検討から得られた進化学的あるいは分子系統学的な幾つかの知見を紹介する.