種別 ワークショップ 企画責任者 中島敏幸(愛媛大学理学部生物地球圏科学科) 趣旨 生物学には、細胞、個体、個体群、群集(生態系)、或いは、遺伝子、集団、ディーム、種といった様々な実体概念が存在する。これら生物学的実体の意味を明確にし、その階層構造(空間的・時間的スケール)を理解することは、進化を研究するうえで欠かせない。しかし、そもそも生物界がどのような階層構造を持っているのかということは理論生物学者の間でも統一されていない。本ワークショップでは、これら様々な生物学的実体概念が一体何を意味しており、それらがどのような階層的組織を形成しているのか、またそれがいかに進化したのか、等の問題に焦点を当てる。以下の話題及びそれに関連する広範な問題について議論するラウンドテーブルとして、ワークショップを提案する。(1)基礎論:生命システム、或いは生物学的実体とはいったい何か、それが階層構造を作るとは一体どういうことかという問題を、オートポイエーシス等の生命システム論からアプローチする。(2)従来から議論の多い問題として、種の実在性と生態系の階層性等の問題に関して、具体的事例を取り上げて議論する。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「階層形成とオートポイエーシス」
河本英夫(東洋大学文学部)階層を原子・分子、高分子、細胞内器官、細胞、組織、器官、器官群、個体、個体群と並べたとき、それぞれはそれじたいで形成されたものであることがわかる。これらは観察者が判別し、観察者によってはじめて見出されたものではなく、それじたいで形成されている。一見して観察者は、これらを部分−全体関係あるいは要素−複合体関係で捉えることができる。だが実際の階層形成の機構は、部分−全体では組み立てられてはいない。また階層形成の仕組みは、どの階層でも同じなのか。階層形成の機構に取り組んだのは、アイゲンやメイナード・スミスである。だが階層形成の機構には、階層内変動、階層の再編(たとえば真核細胞の運動の機構)、階層そのものの創発(たとえば6種の多細胞化)、階層内分岐(細胞型の種数は同じで多系)のように異なったモードが含まれており、それぞれ変化の可能性の異なる度合いをもつ。- 「ヒトが【種】をつくる:種概念の認知的起源」
三中信宏(農業環境技術研究所)種(species)をめぐる生物学の論議はいっこうに収束する兆しがない.生物学的種概念をはじめ20を越える「種概念」が提唱され,しかもそのほと んどが廃れることなく生き残っているという現状は,この問題が生物学的に解決されるべき問題ではなく,その言葉の正しい意味において「形而上学 (metaphysics)」の問題であることを示唆する.生物学哲学の立場から種概念を論議することはすでに恒常化しつつある.しかし,もう一歩踏み 込んで,なぜそもそもわれわれが「種」なる類の実在性を論議の対象としているのかを問い直す必要があるだろう.すでに,認知心理学の長年の研究は,この 「種」問題にひとつの回答を与えてきた――種はヒトの心理がつくった虚構である.本講演では,現代の進化生物学における種問題を外観した上で,種の認知 的起源について論じる.- 「生態系における生物間相互作用ネットワークの階層性」
高林純示(京都大学生態学研究センター)
生態系の中で生物は、お互い何らかの関係を持ちながら生活している。その中で「食う−食われる」というエネルギーの流れを伴う関係は生物間の基本的な相互関係であり理解しやすい。しかし、そのような直接的な関係だけでなく、一見結びつきそうにない2種の生物個体間でも、「情報」や「構造」を介した間接的な相互作用がある。 さらに植物由来の揮発性の化学情報は系内に拡散し、発信源に隣接する他の植物の遺伝子を活性化させる場合も報告されている。そこで、それらを「被食−捕食による直接的な相互作用ネットワーク」、「間接的な相互作用ネットワーク」および「遺伝子情報ネットワーク」と考え、それらの総体を「生物間相互作用ネットワーク」と呼ぶ。かかる生物間相互作用ネットワークの階層性に関して、植物−植食者−捕食者からなる三栄養段階相互作用系における我々の研究結果より考察する。- 「生命システムにおける2種類の階層構造:共時的階層と通時的階層」
中島敏幸(愛媛大学理学部生物地球圏科学科)
生物学的実体(或いは、生命システム)は結晶や機械のような実体とは異なる。それは、自己の部分(構成要素)を更新或いは生産しながら自己を維持しており、この自己維持特性に基づき、自己に類似した組織を再生産する特性を持つからである。生命システムの持つこの二つの特性は、物理システムにないユニークな階層的組織を形成する。この話題提供では、階層構造には2種類の論理的に異なる「全体と部分(システムとその要素)」との関係が存在することを論じる。一つは、共時的関係であり、もう一つは通時的関係である。前者は、部分(要素)は時間を通して(即ち、共時的に)システムの構成に参加する関係を、また、後者は、部分が入れ替わり立ち替わり(即ち、通時的に)その構成に参加する場合を指す。これの2つの階層関係は従来明確に区別されず、それが生命システムの階層構造の理解を混乱させてきた。この視点から生命システムの階層構造を解析する。- 「階層社会の形成と上位個体性の進化における記号系創成の進化的意義」
大西耕二 (新潟大学理学部生物学教室)
単細胞生物のQueen(germ-line)-Worker(somatic line)型の階層社会(HS)が超生物化 して多細胞動物となり、蜜蜂HSも超生物化。HSが上位個体機械へ進化。tRNA複製子生物は階層分化してtRNA複製子生物とtRNA由来worker-RNA生物(=mRNA,rRNA)からなる細胞内HSとしての蛋白合成機械に進化。HSの機械化には情報の迅速かつ一意的伝達が不可欠で、それを保証する記号系(pheromon /hormon,bee-dance,genetic codes等)の創成が伴った。HSが自己改良型学習neural-network-machine (NNwM)として進化するmechanismを論ず。同種動物社会(=種社会?)もまた、pheromon記号等でnetwork化した階層NNwM で、種社会の実体としての自己改良進化系である。これらはHSの"文化"として創成した文化記号系。bee-danceの新解釈やbiosystem生成文法にも触れる