種別 ワークショップ 提案者 高橋亮 (理研ゲノム科学総合研究センター)、舘田英典 (九大・理) 趣旨 進化は種内の遺伝的変異が種間変異に変換されることによって起こる。このため種内の遺伝的変異がどのように維持されているかを理解することは、生物進化を考える上で最も基本的な課題の一つであると言える。このワークショップではDNA多型から表現型のレベルまで含めて、遺伝的多様性がどのような機構で維持されているかについての講演を公募し、ゲノム時代の様々な手法を用いて、この古典的な問題にどのようにアプローチできるかを議論する。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「Phylogenetic relationships of Sri Lankan Dipterocarpaceae to other Dipterocarpaceae based on Chloroplast DNA sequence data」
Thawalama Gamage Dayananda, Alfred E. Szmidt, Yamazaki Tsuneyuki(Kyushu Univ.)
Dipterocarpaceae, a well-known tropical tree family is common in rain forests in Sri Lanka. Fifty five Dipterocarpaceae species belonging to seven genera have been reported from Sri Lankan forests. Most of the Sri Lankan species are endemic. We studied phylogeny of Sri Lankan Dipterocarpaceae in relation to other Dipterocarpaceae using chloroplast DNA sequences. Twenty seven Sri Lankan species and twenty three other species belonging to 14 genera were included in this study. Phylogenetic tree was constructed using neighbor joining (NJ) method based on combined sequence data for the trnL-trnF spacer, trnL intron and matK regions. Monotes madagascariensis was used an out-group. The obtained tree topology was to a certain extent, consistent with the current taxonomy of Dipterocarpaceae based on morphology. Most of Sri Lankan species formed separate independent groups within their corresponding genera. The result indicated that Sri Lankan species have evolved independently follo! wing origin of Dipterocarpaceae in Gondwanaland and subsequent continental drift- 「熱帯雨林樹種フタバガキ科Shorea属4種におけるGapC領域遺伝的多様性の解析と種間雑種」
石山廣子(九大), 角友之(九大), 岩崎まゆみ(九大), Nor Aini Ab, Shukor(Univ. Putra Malaysia), Alfred E. Szmidt(九大), 山崎常行(九大)
熱帯樹木の集団におけるDNA多様性のレベルやパターンについては、これまでほとんど研究されていない。本研究では、核遺伝子、Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase (GapC) のDNA配列を調べることにより、マレー半島から採集されたShorea属4種(Shorea acuminata, S. curtisii, S. leprosula, S. parvifolia)の集団遺伝的構造を明らかにした。その結果、一つの配列上に異なった2種の配列が混在したようなキメラ配列を持ついくつかの個体を発見した。このことは、異なった種間でのgene exchange、つまり種間交雑が過去にあった可能性を示す。種内のDNA多型をこのようなキメラ配列を含んだままで計算すると、除いて計算したときよりも高い値を示した。これは種間のgene exchangeが種内のDNA 多型を保つ一つの要素になっていることを示唆する。しかしながら、このようにキメラ配列を含めて計算しても、Shorea属4種で観察されたGapCのnucleotide diversities (π)は、世代時間の短い草本類と比べて低い値だった。- 「ハクサンハタザオを用いた分子集団遺伝学的研究」
河邊昭(阪大院・工)宮下直彦(京大院・農)
ハクサンハタザオはシロイヌナズナの最も近縁な種の一つである。これまでにハクサンハタザオではアルコール脱水素酵素(Adh)遺伝子座のDNA多型が報告されており、アミノ酸の変化を伴う塩基置換と1系統のみで見られる変異が過剰に存在し、中立からの有意なずれが報告されている。このずれがAdh特異的なものか種の特徴なのかを検証するために酸性キチナーゼ遺伝子座(ChiA)と細胞質局在型ホスホグルコースイソメラーゼ(PgiC)遺伝子座のDNA多型を解析した。PgiC遺伝子座に関してはハクサンハタザオ内で重複し、一方が偽遺伝子化している2遺伝子座を用いた。結果、全ての遺伝子座でAdhと同じ特徴が共通に見られ、ハクサンハタザオが生物種として中立的な進化からずれていることが分かった。これらの結果はハクサンハタザオの種としての歴史と集団構造がDNA多型に大きな影響を与えていることを示唆している。- 「エゾヤチネズミ自然集団の DNA 多型解析」
金子聡子・高橋亮(理化学研究所ゲノム科学総合研究センター個体遺伝情報研究チーム)
野生齧歯類の中には,個体数が周期的な変動を示し,数年毎に大量発生を繰り返す集団が知られている.中でも,北海道に棲息するエゾヤチネズミ Clethrionomys rufocanus については,長年に渡る林学的,生態学的な調査の結果,野生哺乳類としては例外的に豊富な長期集団動態の時系列情報が蓄積されており,個体数変動を引き起こす生態要因が詳細に調べられている.個体数の経時変化に関する先験的な知見の下で集団動態と集団内変異とを関連付けた研究例は少なく,エゾヤチネズミ集団の詳細な多型解析は,野生生物集団における遺伝的な多様性の維持機構を理解し,自然界における生物機能システムの進化的な成立ちを解明する上で新しい知見をもたらすものと期待される.- 「スギ種内DNA多型の維持機構に関する研究」
藤本明洋(九大・院理)、角友之(九大・院理)、吉丸博志(森林総研)、津村義彦(森林総研)、舘田英典(九大・院理)
スギ3集団(岩手、関東-東海、北陸)の精英樹48個体について5遺伝子座 ( NCED、Calmodulin、Ammonium transporter、Aquaporin、Cryj2 ) でDNA多型を調査した。その結果、(1)同義塩基多様度(πs=0.00356)がショウジョウバエ、シロイヌナズナに較べて低い、(2)1塩基あたりの集団組換え率が低い、(3)集団間分化がほとんどない (FST < 0.0205)、(4)頻度スペクトラムからは過去の集団構造が検出されない、等の結果を得た。また、McDonald-Kreitman testを行ったところ、NCED遺伝子座で、種内のアミノ酸多型が有意に多い結果になり、弱有害変異の存在が示唆された。以上より、スギの種内の遺伝的変異の維持機構について考察する。- 「ABO式血液型分泌型遺伝子FUT2多型と分子進化」
神田芳郎、副島美貴子 (久留米大学医学部法医学・人類遺伝学)
舘田英典(九州大学大学院・理学研究院・生物科学部門)
ABO式血液型の消化管粘膜や分泌液中への発現に関与する分泌型遺伝子FUT2の主なnull alleleは人種により異なる。このうちアフリカ人、ヨーロッパ人、イラン人の主なnull allele, se428はwild-type allele と比較して1 kbの領域内に7箇所の塩基置換を伴うことから、様々な霊長類のFUT2を解析した。その結果この遺伝子の進化速度は霊長類の中では差異は認められず、さらにチンパンジーと人との間の塩基置換が11個であることなどからse428が他のalleleと分かれたのは約330万年前と推定した。さらにアフリカ人、ヨーロッパ人、イラン人、中国人、日本人についてFUT2のcoding region を含む1029 bpのシークエンス解析をおこなったところ、ヨーロッパ人とイラン人でTajima's Dが有意に正の値となった。これらの結果からFUT2 locus多型維持にbalancing selectionが働いている可能性が示唆された。- 「性染色体分化と相同組み換え抑制」
岩瀬峰代(総研大・生命体科学専攻)、颯田葉子(総研大・生命体科学専攻)、平井啓久(京大・霊長研)、平井百合子(京大・霊長研)、今井弘民(遺伝研)、高畑尚之(総研大・生命体科学専攻)
ヒトの性染色体の分化は段階的に起きていることが知られている。私達はX染色体、Y染色体上の相同な遺伝子(Amelogenin)を指標として数種の哺乳類のDNA配列を解析し、この遺伝子の中に塩基置換率が大きく異なっている進化的階層の境界部を見出した。この境界部はヒト性染色体DNA配列の大規模な解析により、偽常染色体境界部と同様に相同組み換え抑制の結果生じたことが明らかになった。また、偽常染色体境界部および偽常染色体領域に位置する遺伝子は種ごとに異なっており、このことは相同組み換え抑制の境界部が各々独立に決定されたことを示唆している。
Y染色体上には複数の雄性決定遺伝子が分布する。従って性染色体の組み換えにより性決定が乱れた個体は淘汰され、組み換えの抑制された性染色体が集団内に広がり、性染色体は各々分化すると考えられる。今回得られた結果はこの性染色体分化の様相を示唆し、段階的分化は過去の雄性決定遺伝子の分布を反映しているものと考えられた。