種別 シンポジウム 提案者 能美健彦 (国立医薬品食品衛生研究所・変異遺伝部) 趣旨 ゲノムの安定性は生物にとって重要であり、がんの発生に代表されるように、その破綻は時に生物にとって致命的ですらあります。一方、進化の過程において、生物は突然変異や遺伝的組換えにより新しい形質を作り、自然淘汰に打ち勝とうとして来ました。生殖細胞や胞子形成の過程では、多様な分子種を獲得するために、複製エラーや二重鎖DNA切断を介した組換えが起こります。しかし無原則な複製エラーや組換えは 「百害あって一利なし」と考えられ、そこには自ずと「場所と時間をわきまえた」多様性獲得の制御機構があると思われます。また体細胞と生殖細胞の区別がない微生物では、多細胞生物にはない遺伝的安定性と不安定の調節様式があると予見されます。 放射線や化学変異原に暴露された生殖細胞では、どのような事象が起こるのでしょうか。本シンポジウムでは、さまざまな生物で見られる分子多様性獲得機構について最新の知見を報告し、その進化における意義について討論します。 予定講演者の氏名、所属、タイトル
- 「YファミリーDNAポリメラーゼの作る分子多様性」
○能美健彦(国立医薬品食品衛生研究所 変異遺伝部)
ゲノムの安定性は生物にとって重要であり、その破綻は、がんの発生に代表されるように致命的ですらあり得る。だが一方で、生物は突然変異や遺伝的組換えにより分子多様性を高め、新しい環境に適応してきた。YファミリーDNAポリメラーゼは前核生物、真核生物、古細菌に存在し、その特徴は、DNA合成の際の誤りの頻度がきわめて高く、DNA上の損傷部位を乗り越えて複製を続けるトランスリージョンDNA合成(TLS)活性が高い点である。変異原によって起こる点突然変異の多くは、TLSの結果と考えられる。YファミリーDNAポリメラーゼはDNA損傷に基づく突然変異だけでなく、ヌクレオチドプールの酸化や複製エラーに基づく突然変異誘発にも関与する。本シンポジウムでは、YファミリーDNAポリメラーゼによる分子多様性形成についていくつかの例を紹介し、その進化への貢献の可能性について論議する。- 「放射線耐性から見た微生物進化」
○鳴海一成(原子力研究所、高崎研究所)
放射線耐性は生物の種によって大きく異なっているが、生物の中でも最も放射 線に強 い細菌群が知られており、放射線抵抗性細菌と総称されている。デイノ コッカス・ラ ジオデュランスがその代表である。デイノコッカスの放射線耐性 は、当該菌が有する 効率的かつ正確なDNA修復能力に起因していると言われて きた。DNA修復は生物にとっ て最も重要な生命維持機能のひとつであるが、遺 伝的安定性と不安定性の調節機構な くしては、新たな形質獲得の機会もあり得 ない。デイノコッカスのDNA修復能の何が 効率的で何が正確なのかを正しく理 解することが肝要である。本講演では、デイノコ ッカスのDNA修復機構につい て解説すると共に、デイノコッカスのゲノムの可塑性に ついて、挿入配列転 移、自然突然変異、DNA損傷惹起性突然変異の観点から論じる。 また、デイノ コッカスがどのようにして高い放射線耐性を獲得したのか、その進化原 動力は 何であったのかについて、諸説を紹介する。- 「遺伝的組換えの分子多様性制御機構」
○太田邦史(理化学研究所 遺伝ダイナミクス研究 ユニット)
生物の特質の一つに多様性がある。生物多様性は主に遺伝情報レベルで規定 されるであろう。遺伝的多様性獲得のメカニズムとして、突然変異と遺伝的組換えが 想定されてきたが、これまでは遺伝子進化の原動力として突然変異が重要視されてき た傾向がある。ところが近年のゲノムシャッフリングなどの実験結果から、遺伝子進 化における組換えの重要性があらためて注目を集めている。我々は酵母などを用いて 減数分裂時の組換え機構を調べているが、この分野では最近ようやく組換えメカニズ ムの詳細が明らかにされつつあり、組換えがこれまで考えられていた以上に巧妙かつ 複雑に制御されていることがわかってきた。遺伝子進化を考えるうえで、組換え現象 のメカニズムを理解しその特質を把握しておくことは重要であろう。そこで、今回は 最近の我々の成果と最新の研究動向を踏まえ、組換えのメカニズムと特質についてま とめ、遺伝子進化における役割について議論してみたい。- 「生殖細胞突然変異に対するセーフガード:メダカでの戦略」
○嶋 昭紘(東大大学院新領域)
1985年から2003年3月までの18年間に、300万 余の遺伝子座を特定座位法によりスクリーニングして共同研究者と共に蓄積してきた メダカ生殖細胞突然変異に関する研究結果から、メダカ雄生殖細胞ではそのゲノム損 傷に対して、2段階のセーフガードが作動することがわかった。それらの現象と機構 について講演した。- 「哺乳動物ゲノムの変動性と進化」
○権藤洋一(理研ゲノム科学総合研究センター)
複製、修復、組換えなどの酵素により、ゲノムDNA配列はきわめて正確に維持され る。しかし、抗体遺伝子のゲノム配列再編成に限らず変動性に富む配列も少なくな い。本講演では、ヒトメガサテライト配列、マウスpun重複配列など、変動性の高い タンデム反復配列をまず紹介する。抗体遺伝子の再編成は、限られた配列情報から膨 大な多様性を産出するが、ヒトメガサテライトDNAではコードする遺伝子を種内では 同じ配列に維持しつつ種分化するための協調進化機構として働いているらしい。ま た、タンデム反復配列だからといって必ずしも変動的ではない。変動的な場合でも、 多様性を増したり一様化に働いたり配列特異的である。このことは、変動性に関する cis-elementがそのゲノム配列にあり、特異的に作用するtrans-acting factor(s)が 存在することを示唆する。検証のための実験進化学的方法論についても考察したい。