現在の地球上には200万種の生物が生存すると認められ,未知種を含めると2億種にのぼるという推計もある.このような生物多様性は,生命の誕生以来40億年にわたって連綿と続けられた生物進化の現時点での断面である.長い進化の歴史の中で,原核生物が起源し,それから真核生物が現れ,さらに陸上生物が進化し,現在に至った.その結果,ヒトを含む多様な生物はさまざまな生物圏で,環境と多様なかかわりをもちながら生息・生育するようになった.今日の生物多様性はどのように形づくられたのか,そして維持されているのか.一方,人間活動からくる人為的影響によって生物多様性が急速に損なわれれつつあり,生物多様性研究は緊急を要する分野でもある.生物多様性の研究は日本を含む世界の各地で進められている.本講演会では,地球上の陸域,水域で進化した生物について,いくつかの地域で行われているフィールド研究を紹介する.予定講演者の氏名、所属、タイトル
湿潤な熱帯域で生物多様性が著しく高いことは広く知られているが、その実体についてはまだ良く理解されていない。例えば西スマトラのでは直径10cm以上の木本植物が1haに300種以上も生育している。熱帯での空間的な種の多様性の高さについて考えたい。
1)広い生態環境への適応的な分化 ボルネオのキナバル山では亜熱帯から寒帯に対応するような広い生態環境にシキミモドキ Drimysa piperita が多様な分化をおこなっている。
2)近縁種の地理的な住み分けと同所的分布 バショウ属野生種には、種の地理的な住み分けとともに同所的に生育する混群の形成とがみられ、高い多様性を形成している。
3)地域集団の高い遺伝的な多様性 サトイモ科の林床性草本 Schismatoglottis lancifolia では生態環境とは関係のない様に見える葉の諸形質の多様な変異が見られる。
熱帯での種内や種間レベルでの多様な種のあり方が、多様性を豊かにしている。
東アフリカ大地溝帯の大湖群、特にタンガニーカ湖は、かのガラパゴス諸島とともに「進化の実験室」と呼ばれ,世界中の進化学・生態学研究者から注目されている。それは、この湖の歴史が古く、しかも周囲の水系から孤立して成立したために、この湖の中で独自の進化をとげた固有種、特に爆発的ともいえる適応放散を成し遂げたカワスズメ科魚類(シクリッド)が多数生息し,さまざまな生態を見せてくれるからである。我々日本人研究チームも、過去25年にわたり現地研究者と共同で、この湖の魚類生態についての調査を続けている。本講演では、長期にわたる現地調査の様子とともに、我々が発見した魚類の襲い分け、托卵、左右性などの興味深い生態現象を紹介しながら、魚たちが互いにどのような関わり合いもって生活しているかをお話しする。そして,よく似ているけども少しずつ異なった魚たちの共存,多様性、そして魚類群集の安定性について考えてみる。
カワゴケソウ科は世界の熱帯に広く分布し,川床の岩上に生える水生植物である.こ のような環境は他の植物の生育に不向きで,この仲間だけが適応しているといえる. 雨期には水中(流水)に水没して栄養成長するが,乾期になると空中に露出して個体 は枯死するが,開花結実する.カワゴケソウ科の形態進化と多様性を明らかにするた めに,熱帯各地で現地調査を行い,研究材料を採集した.これまで,47属約270種が知 られていた.タイでも7属10種が報告されていたが,タイでの調査によって,2新属20 新種が加わることがわかり,未知の種が多いことが明らかになった.カワゴケソウ科 は退化した幼芽,幼根,葉緑体をもち葉状になった二次根,茎頂分裂組織に由来しな い葉など,特殊な環境に適応する特異な形態を発達させた.これらの形態の進化を研 究している.
熱帯雨林に見られる豊かな生物多様性の中心をしめるのは昆虫類である。これまで、熱帯雨林の生物がなぜ多様なのか、多様な生物がなぜ共存できるのかといった問題を解明するために、数々の実証的・理論的研究がなされてきた。近年では、分子的、化学的な手法を取り込んだ近代的な手法を用いて、これまで提出されてきた仮説群を精緻な実験的アプローチにより検証しようとする流れも強まりつつある。しかし、熱帯雨林の生物、とりわけ昆虫類には、名前さえ定かでない未記載種がまだまだ数多く残されており、それらの生活史・生態はさらに多くの謎に包まれている。講演では、東南アジア熱帯の核心部に属する、ボルネオ島ランビル国立公園の低地林において1990年代前半に始まった昆虫インベントリー及び群集動態に関する研究と、共同研究者によって同地で行われてきた昆虫類の生態に関するフィールド研究を紹介し、多様性研究の現場の姿を報告する予定である。