概 要 |
企画者: | 田中祥貴 (東北大・院生命) |
<企画趣旨> 我々の目に映る生物の形態は時に柔軟に変化し、そして時にその変化は頑なに阻まれているようである。これらの現象は、発生過程におけるゲノムや細胞の挙動の違いから説明が試みられている。しかし、一見同じように見える形態が異なる発生過程から生じているなど、その理解は一筋縄ではいかず、むしろ混迷を極めている。本シンポジウムでは、脊椎動物の形態の保存性に加え、無脊椎動物の一群である棘皮動物における大規模な形態の進化、そして動物とは別の起源からその体制を生じた植物の形態の進化を紹介し、多細胞生物に通じる形態進化とその発生過程の間にどのような関係性が見えるのかを包括的に討論する。本シンポジウムの企画者は「進化学若手の会」の幹事であり、こちらの会についても紹介したい。
<講演者> 田中祥貴(東北大・院生命) 黒田春也(神戸大・院理) 野尻太郎(東大・院農) 山川隼平(筑波大・院生命環境) ドル有生(東大・院理)
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S10-1
真骨魚類の胸ビレ骨格における発生制御遺伝子の冗長性とその形態進化への寄与について
田中 祥貴1, 安齋 賢1, 阿部 玄武1, 田村 宏治1
1東北大学・院生命
脊椎動物の有対付属肢の発生過程では、その形成に重要なシグナル分子を分泌するいくつかのオーガナイザーが働いている。そのうちの1つはZPAと呼ばれ、魚類から四足動物の有対付属肢の後方領域に共通して存在している。ZPAではShhと呼ばれるシグナル分子が発現しており、Shhの欠失は有対付属肢の大きな欠損につながることが知られている。魚類のうち、その大多数を占める真骨魚類では独自の全ゲノム重複が生じ、Shhはそれぞれshha、shhbと呼ばれる遺伝子へと重複した。この2つのShhは真骨魚類のうち基盤的な系統では保持されているものの、一方で派生的な系統ではその片方(shhb)が失われている。本発表では2つのShhを残すゼブラフィッシュでの遺伝子発現解析、および真骨魚類の基盤的系統と派生的系統の胸ビレ骨格の形態比較の結果をもとに、全ゲノム重複によってもたらされた遺伝子の冗長性とそれを用いた発生を行う器官の形態進化の間の関連性について議論したい。
S10-2
脊椎動物における頭蓋側壁の一次構築
黒田春也1,2, 足立礼孝3, 倉谷滋1
1理研BDR・形態進化研究チーム
2神戸大・院理
3エクス=マルセイユ大学
脊椎動物の頭部骨格は感覚器や脳を保護する神経頭蓋と、顎や咽頭の運動を支える内臓頭蓋から構成される。なかでも神経頭蓋の側壁部は、脳サイズや顎懸架様式の進化に伴って多様な形態をみせる。比較形態学者らは末梢神経や骨格筋との位置関係に基づき、神経頭蓋の側壁部の退化と、周囲の頭蓋要素の二次的な取り込みという進化傾向を明らかにした。一方、発生学的には頭蓋は中胚葉と神経堤細胞(外胚葉)という異なる胚葉に由来する部分がモザイク状に組み合わさって形成されていることが分かっている。しかし、頭部進化の形態学的理解と細胞系譜がどのような対応関係にあるのかは明らかにされていなかった。本発表では、発表者らが実際にマウス胚を用いて両者の関係を詳細に再検討した結果、形態学と発生学のコンセプトがどのように整合したのかを紹介し、形態的多様性の背景にある進化的に保存された発生パターンの解釈について議論したい。
S10-3
超音波器官の胎子期発生から解き明かすコウモリ類のエコーロケーションの進化的起源
野尻 太郎1, 福井 大1, 小薮 大輔2
1東京大学
2東京医科歯科大学
3筑波大学
翼手類は哺乳類で唯一, 飛翔能を獲得したグループであり, その多くの種が超音波授受により獲物や遮蔽物の定位を行うエコーロケーションを進化させた. 超音波能をもつ翼手類の特徴として, 音波周波数分析を行う内耳の肥大化に加え, 外耳の鼓室輪と茎状舌骨が癒合していることが挙げられる. こうした翼手類特有の新規形質では, 非モデル動物故の胎子標本の入手困難さから, 進化的保存性の検討に足る基盤的な発生知見が極めて不足している. 本発表ではまず, 超音波能をもつ翼手類の内耳発生に顕著な時間的改変が生じていることを報告する. 加えて, 翼手類の頭骨形成が他哺乳類と比較して進化的に不安定であることも示す. 最後に, 翼手類34種, 他哺乳類6種の間において内耳・外耳形態形成の質的・量的変異を網羅的に検出した結果を取り上げ, 長年古生物学・遺伝学間で解釈が対立していた翼手類のエコーロケーションの進化的起源について議論する.
S10-4
ヒトデにおける五放射相称形成の発生メカニズム
山川隼平1, 守野孔明1, 和田洋1
1筑波大学・生命環境
棘皮動物はヒトデやウニ、ナマコ、ウミユリ等を含む動物群である。この分類群の最も明瞭な特徴は五放射相称の体制であり、多様な棘皮動物の形態進化の中でも強く保存されてきた。しかしながら、現在に至るまで発生プロセスのなかで「5」という数字が生じる仕組みが解明されておらず、棘皮動物の進化において五放射相称がなぜ変更できないのか、根本的な問題が解かれていない。そこで本研究ではヒトデをモデルに五放射相称形成の分子発生メカニズムの解明を目指した。特にヒトデの発生過程において、初めに観察される五放射相称的な構造であるの成体原基(骨片や水腔葉)に着目している。現在までにこれらのパターニング機構を明らかにするために、遺伝子機能解析のためのゲノム編集技術の導入やRNA-seq等を用いた制御因子のスクリーニングを行なってきた。当シンポジウムではこれまでの成果について報告する。
S10-5
植物の気孔の発生過程が変化する仕組みに迫る
ドル有生1, 古賀皓之1, 塚谷裕一1
1東大・院理
植物の気孔の発生過程では、気孔幹細胞が1回から数回の非対称分裂を行なう。この分裂の回数や方向、またその結果として生まれる気孔の配置といった表皮組織の形態には多様性があり、古くから類型化がなされている。そうした型は植物の科・属レベルの分類群においては安定なものとみなされることが多く、それが進化の過程で変化する仕組みについては、実証的な研究が不足していた。一方私たちは、オオバコ科アワゴケ属の植物において、各種の生態の違いに対応して気孔幹細胞のふるまいが異なることを見出した。これは、気孔の発生過程の多様性には適応的意義があることを示唆する結果である。加えて私たちは、この多様性が、鍵転写因子の発現タイミングの単純な違いによって生み出されている可能性を示した。こうした結果から、気孔の発生過程、そして最終的に生じる表皮組織の形態は、従来考えられていたよりも柔軟に変わりうるものである可能性を議論したい。