概 要 |
企画者: | 石川麻乃、土松隆志 (東京大学) |
企画趣旨
自然界で生物が見せる多様な形や性質は、私たちの心を強く惹きつける。では、この多様性はどのような遺伝子の変異により生じ、そこにはどのような共通性や違いがみられるのか?近年、非モデル生物でも大量のゲノム・トランスクリプトームデータを安価かつ高速に得ることが可能になってきた。しかしながら、生態・進化学的に興味深い形質の多くは量的かつ環境依存的であり、原因遺伝子同定の方法は一筋縄ではない。加えて、候補遺伝子・変異の機能解析については、ゲノム編集などの技術が革新的に進みつつある現在でもハードルが高い。本シンポジウムでは、環境適応、生殖隔離、生物間相互作用、行動、形態の進化など多岐にわたる現象に動物、植物、微生物を対象に挑む研究者を招き、自然変異からの遺伝子同定や機能解析についてご紹介頂くとともに、その重要性と課題について議論する。また、シンポジウムの前後に参加者間で交流の機会を設け、遺伝子・変異の機能解析から進化、多様性を一直線に結ぶ研究を進める研究者ネットワークを構築する。
講演者 安藤 俊哉(基生研) 「大規模な自然変異を再現して検証する『進化生物学における構成的アプローチ』に必要な遺伝学的ツール 〜テントウムシにおける取り組みを例に〜」 佐藤 大気(千葉大) 「『ヒト型』ゲノム編集マウスを用いて情動進化の軌跡を探る」 池田 啓(岡山大) 「植物の光受容体フィトクロムにおける自然変異と環境感受性の進化」 番場 大(東北大) 「ミヤコグサ-根粒菌共生におけるGxG相互作用に関連する植物遺伝子の探索」 藤井 壮太(東京大) 「植物生殖において異種間受精を防ぐ分子メカニズム」 |
S13-1
大規模な自然変異を再現して検証する「構成的進化生物学」に必要な遺伝学的ツール 〜テントウムシにおける取り組みを例に〜
安藤俊哉1,2,3
1自然科学研究機構 基礎生物学研究所
2総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻
3科学技術振興機構 さきがけ
次世代シークエンス技術の発達により、表現型進化に関わる遺伝子座および自然変異のパターンが次々と明らかになってきている。さらに、ゲノム編集技術を組み合わせれば、それぞれの遺伝子座における変異の生理学的な意義を明らかにする遺伝学の議論に落とし込むことが可能となった。従来の非モデル生物(遺伝学が適用できないという意味での)が次々とモデル生物化しているのが現状だろう。ここにきて進化生物学者の大きな関心事の一つは、果たして表現型進化のプロセスを理解するために「進化のテープを巻き戻す」ことができるようになったのかということではないだろうか。多細胞生物において大規模な自然変異を再現してその意義を検証する「構成的進化生物学」の実践には新たな遺伝学的ツールの開発が必要となる。複雑な染色体再編成の末に多様な斑紋パターンを獲得したナミテントウの形態進化をモデルとしてその進化の構成的理解を目指して進めている研究について紹介する。
S13-2
「ヒト型」ゲノム編集マウスを用いて情動進化の軌跡を探る
佐藤大気1,6, 井上由紀子2, 森本由起2, 井上高良2, 久我奈穂子3, 佐々木拓哉3,4, 服部聡子5, Giovanni Sala5, 宮川剛5, 河田雅圭6
1千葉大学 理学研究院
2国立精神・神経医療研究センター
3東京大学大学院 薬学系研究科
4東北大学大学院 薬学研究科
5藤田医科大学 総合医科学研究所
6東北大学大学院 生命科学研究科
近年のゲノム・表現型の解析技術の向上とデータの蓄積により、ヒトの精神疾患や性格の遺伝基盤の解明が進んでいる。一方で、それらの遺伝子がどのように進化し、機能が変化してきたのかは不明な点が多い。これまでに私は、VMAT1(小胞モノアミントランスポーター1)遺伝子に生じたヒト特有のアミノ酸置換が人類の進化過程で自然選択を受けてきたことを見出し、これが不安やうつ傾向といったヒトの情動の進化に寄与した可能性を示した。一方でこの変異が私たちの情動に与える影響の詳細な脳内メカニズムは不明であった。そこで本研究では、ゲノム編集技術により上記のアミノ酸をヒト型に置換したマウスを作製し、脳内遺伝子発現量解析、神経生理学的実験、行動実験を通して、Vmat1遺伝子変異が生体に及ぼす広範な影響の解明を目指した。本発表ではそれらの結果をふまえ、Vmat1ヒト型変異が我々の情動およびその多様性の進化に与えた影響について考察したい。
S13-3
植物の光受容体フィトクロムにおける自然変異と環境感受性の進化
池田啓1
1岡山大学資源植物科学研究所
生物を取り巻く環境は緯度によって大きく異なる。なかでも日長や気温の違いは,植物の生育や生殖に大きな影響を持つ。そのため,これらの環境の違いに適応した形質・表現型を獲得することは,多様な植物を創出する仕組みの1つであると考えられる。光受容体が植物の生育環境を感知し,様々な生理機能を制御する中枢であることを踏まえると,光受容体の環境を感知する性質に変化が生じることは,日長や気温の違いに適応するための仕組みとなる可能性がある。そこで,北半球の温帯から北極圏に分布する周北極―高山植物が幅広い緯度に生育することに着目し,日本固有種ミヤマタネツケバナCardamine nipponica(アブラナ科)とその姉妹種で北極圏に分布するCardamine bellidifoliaを例に,植物の光受容体が緯度によって異なる環境への適応に関わるか検証した。本講演では,両種のフィトクロムが生理活性を維持する性質(環境感受性)に違いを持つことを示した生理学実験の成果を中心に発表する。
S13-4
ミヤコグサ-根粒菌共生におけるGxG相互作用に関連する植物遺伝子の探索
番場大1, 青木誠志郎2, 梶田忠3, 瀬戸口浩彰4, 綿野泰行5, 佐藤修正1, 土松隆志2
1東北大・院・生命
2東大・院・理
3琉大・熱生研・西表
4京大・院・人環
5千葉大・理
異なる生物間の共生関係は生物の進化を駆動する重要な要因であると考えられている。共生関係により駆動される進化プロセスの一つとして,各地域で異なる生物との共生関係が互いに適応的に進化することで,集団間分化が促進するという地理的モザイクモデルが提唱されている。現在までに多くの生物がこのモデルに則って進化してきたと考えられているが,どのようにして異なる生物との共生関係が生物種内で分化するのか,未だ明らかになっていない。
そこで我々はミヤコグサ-根粒菌共生関係に着目し,共生関係の分化過程を遺伝子レベルから明らかにするために,ゲノムワイド関連解析を行った。その結果,菌株依存的に変化する植物表現型と関連する遺伝子座が5番染色体上に存在することが示唆された。シンポジウムでは,本研究より得られた候補遺伝子の集団遺伝学的解析やそこから推測されるミヤコグサ-根粒菌共生関係の進化過程について最新の知見を紹介する。
S13-5
植物生殖において異種間受精を防ぐ分子メカニズム
藤井 壮太1,2
1東京大学大学院農学生命科学研究科
2Suntory Rising Stars Encouragement Program in life Sciences(SunRiSE)
植物の有性生殖は昆虫などの第三者によって媒介される.そのため、雌しべ(卵細胞を含む♀器官)は異種を含めた様々な種類の花粉(♂雄性配偶体)を受容する.一般に、異種間の受精は本来なら同種で割り当てられるリソースを減少させるため、適応度の低下につながると考えられている.そこで私たちは、植物が持つ異種の花粉に対する未知の防御分子メカニズムを明らかにするべく研究を行なってきた.本発表では、Stigmatic Privacy 1 (SPRI1)と命名した異種排除に関わる膜タンパク質とその他のSPRI因子群について紹介し、それらについて議論する.