概 要 |
企画者: | 鈴木誉保・松前ひろみ (東京大学・東海大学) |
企画趣旨: 進化は複合的に起きる。かたち・行動・ヒトの文化など様々な形質(表現型形質)や、地理情報など環境要因、さらには生物間相互作用が複雑に絡み合う。次世代シークエンス技術の進展により、形質の遺伝的基盤を探る進化研究は進んできた。しかしながら、表現型形質や環境要因などの様々なデータセットや技術をどのように融合すべきかは遅れている。本シンポジウムでは、大規模データの集積と計測技術の向上がもたらしつつある進化研究の新展開に焦点をあてる。特に、こうした定量解析(オミックス、画像解析、多変量解析、モデル選択、空間統計学など)を組み合わせた研究を紹介する。例えば、画像情報に基づく昆虫の擬態メカニズムの進化や、定量化された文化の特徴に基づいたヒトの多様性の研究などが挙げられる。こうした定量解析の活用を広めていくことは、進化生物学にブレイクスルーをもたらすと期待できる。
講演者: 松前ひろみ(東海大学) 「人類進化を理解するための進化ゲノミクスと文化進化の橋渡し」 福島健児(University of Wurzburg) 「収斂進化を起点に遺伝子型と表現型を結びつける」 今野直輝(東京大学) 「表現型進化の背後にある生命システムの進化を機械学習で予測する」 秋山玲子(University of Zurich) 「倍数体進化研究への分野横断的な取り組み:倍数体植物の環境適応を例に」 鈴木誉保(東京大学)、冨田秀一郎(農業・食品産業技術総合研究機構) 「表現型オミックスと系統比較法であぶりだすマクロ進化ダイナミクス」 |
S4-5
人類進化を理解するための進化ゲノミクスと文化進化の橋渡し
松前ひろみ1
1東海大学
言語や音楽をはじめとする人間の文化は、人間の際だった特徴の一つである。文化は人類の進化の歴史において不可欠な役割を果たしており、ミームとして、あるいは表現型や環境因子と同様に位置づけることができる。初期の研究では、1980年代に人類学の遺伝学者であるL.L. Cavalli-Sforzaが遺伝子と文化の関係を提唱した。現在では、ゲノミクスの発展に比べ、文化進化の定量的な研究は発展途上にある。
例えば、語彙を使って系統樹を描くことは、遺伝子と言語の関係を議論する標準的な方法である。しかし、語彙を用いた系統解析が適用できるのは、多様性の低い言語間の関係に限られる(具体的には、西ユーラシアのインド・ヨーロッパ語族やアジア・太平洋のオーストロネシア語族のような、同じ言語族内の言語を対象とする手法である)。そのため、当初、Cavalli-Sforzaが目指した、語族を超えた文化と遺伝子の関係性は、北東ユーラシアの11言語族のような言語多様性の高い地域では、よく分かっていなかった。
ゲノム進化と文化進化の間の課題を解消するために、我々は北東ユーラシアにおける遺伝子と文化(言語と音楽)の多様性を探る統合的な統計解析を確立した。 その結果、文化の中でも言語の構造である文法は、言語族を超えて集団史と相関していたという証拠を初めて発見した。この結果は、文化はゲノムとともに進化することもあれば、進化しないこともあることを示唆している。また本研究のように、人類の文化をデジタル化することは、ゲノムデータと連携して人類の進化を体系的に理解するための新しいツールになると考えられる。
S4-4
収斂進化を起点に遺伝子型と表現型を結びつける
福島健児1
1University of Wuerzburg
共通の遺伝子型が共通の表現型を生むとする予測は、現代生物学に革命をもたらした。この20年間で、主にゲノムワイド関連研究(GWAS)により、ヒトを含む多様な生物において、何十万もの遺伝子型と表現型の関連が発見されている。しかし、これまで成功してきた解析の大部分が種内比較の成果であり、複数種の共通性を探るには大きな課題があった。このような状況は、マクロ進化形質の研究を大きく妨げている。しかし、進化の「実験的反復」とも見做せる収斂進化ならば、どんな形質と時間的スケールについても、遺伝子型と表現型の関連性を統計的に評価することは本来可能なはずである。表現型の収斂は、動物のエコロケーションから植物の食虫性まで、進化の様々な場面に見られる。我々は、マクロ進化形質の研究における収斂進化の潜在的な価値を引き出すために、タンパク質配列や遺伝子発現量における分子収斂を検出し、それらと表現型進化を関連付ける新たな方法を開発している。本発表では、それらの手法を動植物のゲノム配列に適用し、得られた新知見について紹介する。
S4-2
表現型進化の背後にある生命システムの進化を機械学習で予測する
今野直輝1, 岩崎渉1,2
1東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
2東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
地球上には多様な生物種が生息しており、それぞれが固有の表現型を示す。表現型進化は、多数の遺伝子の機能が複雑に組み合わさった生命システムの進化によってもたらされているが、その進化は予測可能なのだろうか?我々はバクテリアの代謝システムの進化を対象に、多様な門に属する2,894種のゲノムデータに基づき系統比較法によって祖先種の遺伝子セットを推定した。そして各遺伝子の獲得・欠失を直前の祖先種の遺伝子セットの情報からどれだけ予測できるのかを機械学習(ランダムフォレスト、ロジスティック回帰)を用いて検証した。その結果、驚くべきことに長期的な種間進化と現在進行中の種内進化のそれぞれについて、ある酵素遺伝子をどの種が獲得/欠失するのかを予測できることが示された。さらに、異なる系統に共通した進化のパターンを解析することで、酵素遺伝子間の機能依存関係による代謝経路の進化順序の制約や、共通の生息環境での自然選択による収斂進化という、進化を駆動する要因が示唆された。
S4-1
倍数体進化研究への分野横断的な取り組み:倍数体植物の環境適応を例に
秋山玲子1
1チューリヒ大学進化・環境学研究所
ゲノムの倍数化によって誕生した倍数体は様々な分類群に存在するが、特に植物で多くみられる。現生する植物種のじつに半数以上が過去に倍数化を経験しているとも言われる。倍数体植物はしばしば幅広い環境に生息することから、倍数化に伴うゲノム重複によって環境耐性を新たに獲得した可能性が示唆されてきた。しかし、異なる親種に由来する異質倍数体の植物種については、親種の特定と親ゲノムを区別する統計手法の難しさが相まって、その環境適応の遺伝的基盤に未解明の部分が多かった。近年、統計手法とシークエンス技術が発展したことで、異質倍数体の重複遺伝子の由来を判別した上でゲノムワイドな遺伝子発現解析を行うことが可能になりつつある。我々は、異質倍数体の野生植物種とその親種を対象に、表現型調査と生息地の環境要因の多変量解析やモデル選択を行い、さらにRNA-seqを実施して倍数体の重複遺伝子の発現パターンを解析した。その結果、倍数体が生息地環境と表現型について親種の中間に位置しており、環境や時期に応じて重複遺伝子を使い分けていることを見出した。これにより、倍数体が重複遺伝子を利用して親種とは異なるニッチを獲得していることが示唆された。表現型・環境・発現データを組み合わせることで、倍数体進化の包括的な理解が進むと考えられる。
S4-3
表現型オミックスと系統比較法であぶりだすマクロ進化ダイナミクス
鈴木誉保1, 冨田秀一郎2
1東大
2農研機構
形態構造がどのように複雑化・多様化してきたのかは進化生物学において重要な問題である。これまでは形態のモジュール性が注目されてきた。すなわち、互いを干渉せずに個々の要素の改変を許すため多様化できるというロジックである。しかしながら、個々の要素が注目され、要素群の組み合わせ自由性については議論がない。
本発表では、南米に住む蝶を題材に、青・黄・黒の要素の組み合わせを様々に変更しながら、擬態や性的模様が生み出される進化ダイナミクスを報告する。まず、画像情報から要素コーディングした表現型オミックスにより、蝶の模様が限られた形態空間しか利用していないことがあぶり出せた。さらに、系統比較法により進化パスウェイを解析し、複雑化には安定な要素のカップリングが必須であり、それが進化パスを絞っていることなどが見えてきた。最後に、表現型オミックスと定量解析手法の融合による進化ダイナミクス研究の方向性も議論したい。