概 要 |
企画者: | 東山大毅 (東京大学医学系研究科) |
《企画趣旨》 形態進化の研究は、言わば歴史の記述・解釈として発展してきた面があるが、もちろん現代の動物の形態は終着点でも完成形でもない。今後も進化は続いてゆくはずであるし、ある意味、その方向を予測できるようになるというのが、我々が形態進化の方向性や拘束に関して法則的に理解したということになるのかもしれない。本会では脊椎動物の形態形成やその進化を研究する演者たちを中心に、各々の研究について討論する。その上で、今後何が分かれば形態を法則的に捉えるにおいてもっと深い考察が可能になるだろうかという問いに関し、更なる議論を進める嚆矢としたい。
《講演者(順不同)》 守山裕大(青山学院大学・理工) 「原腸形成様式の進化可能性を考える」 阿部玄武(東北大学・生命科学) 「Twin-tail金魚の尾部形態から考える形態進化の方向性」 東山大毅 (東京大学・医) 「哺乳類顔から考える形の進化の方向性」 鈴木大地(筑波大学・生命環境) 「拘束からコストへ」 森下喜弘 (理研BDR) 「形態形成動態を種間で定量的に比較するための時空座標」 |
S5-1
原腸形成様式の進化可能性を考える
守山 裕大1
1青山学院大、理工
原腸形成は胚葉と体軸のパターンを規定する重要な発生過程である。進化の過程において原腸形成様式は系統ごとに多様化しているが、細胞が外から内側へ移動または陥入する連続した過程であり、それに伴って胚葉が決定される、という点では極めて保存的であるとも言える。では、原腸形成様式はどのような点において進化(変化)可能なのだろうか?この点に迫るため、我々は原腸形成過程における遺伝子発現パターン、一細胞レベルでの挙動、細胞集団としての動態、そして胚の体軸パターニングと、様々な階層から解析した。その結果、遺伝子発現パターンや胚葉の確立、体軸パターニングが系統間で保存されている一方、細胞/細胞集団の挙動が変化しているという結論を得た。以上から我々は“Cell behaviour turnover”という概念を提唱する。また、in vitro細胞培養系における研究結果も交えながら、原腸形成・胚葉形成とはなんぞや、ということに関しても話題提供をしたい。
S5-2
Twin-tail金魚の尾部形態から考える形態進化の方向性
阿部玄武1
1東北大学生命科学研究科
要旨: 特定品種の金魚が持つTwin-tail形態は、尾ヒレが左右有対化している特異な形態である。脊椎動物の尾部付属肢は通常正中に一つであり、Twin-tail形態は5億年保持されたこの基本ルールを逸脱しているといえる。近年我々の研究によりTwin-tail形態の遺伝要因が同定された。その遺伝子は初期胚で背腹軸を決定する遺伝子群の一つであり、ゼブラフィッシュの変異体解析でも知られている。それらで再度正中ヒレ形態を観察した結果、ある変異体で左右有対のTwin-tail形態が作られることが分かった。二種の共通祖先がこの特異な形態を持っていたとは考えにくい。つまりこのダイナミックな形態変化は、新しく獲得された仕組みではなく、この二種に共通する形づくりの仕組みに、元から理由が内在していた可能性が高い。最近の研究成果を交えながら、このTwin-tail形態を作りだしえる理由や同様のメカニズムによる大規模な形態進化の方向性を議論したい。
S5-3
哺乳類顔から考える形の進化の方向性
東山大毅1
1東京大学医学系研究科
哺乳類の顔の真ん中には独立した鼻があり、これをヒクヒク動かして匂いを嗅ぐ。我々は、発生の比較やマウスを用いた細胞系譜追跡実験を用い、この哺乳類特有の顔面が、顔面原基(発生モジュール)の大幅な繋ぎ変えにより生じたことを示した。つまり祖先的に口先を作る原基が哺乳類では鼻になり、代わりに上顎突起という顎の基部を作っていた原基が哺乳類では口先まで延びたのだ。このとき末梢神経や骨化点も顔面原基に付随して移動しており、このため哺乳類の解剖学的構造は発生の由来に応じて大きく組み変わったのである。ところで化石記録を検証すると、哺乳類にいたる原基の組換えは約1億年かけて徐々に生じた変化であることも示唆された。この方向性を生み出した要因は何か。今後、同様の方向性は続いてゆくのだろうか。構造と顔面原基との対応関係の裏にある機構をも含め、今後どのような検証を行えば面白いか議論したい。
S5-4
拘束からコストへ
鈴木 大地1
1筑波大学・生命環境
終脳外套(大脳皮質)、中脳視蓋、小脳は脊椎動物において特に顕著な発達を遂げた脳領域である。いずれも神経管の背側から派生し、層構造をとり(鳥類の外套は例外)、高度な神経機能を担う。これは偶然の一致だろうか。層構造をとるネットワークが高度な情報処理を担いうることは深層学習の知見から推測できる。しかしそれが実際に物理的に層構造をとる必要はない。可能性としては、軸索の長さを短くして神経処理の時間を節約できたり、層構造を形成する際に細胞の移動距離を節約できたりするからかもしれない。だとすれば、これまで「拘束」として定性的に理解されてきた現象は、「コストの削減、効率の最適化」として定量的に説明できるのではないか。いわゆる発生拘束も、発生メカニズムのhardwiringによる効率化とみなせるだろう。ニューロンとグリアで構成される比較的均一な組織としての脳は、その探求の有用なモデルとなりうる。
S5-5
形態形成動態を種間で定量的に比較するための時空座標
森下喜弘1, 川住愛子1
1理化学研究所 生命機能科学研究センター
大きさや外形の異なる相同器官の形態形成動態(形が作られる際の組織変形や遺伝子発現の時空間パタン)が種間でどの程度保存されているかを適切に定量比較解析するために有用な時空座標を提案する。各種の組織変形動態を反映した空間座標(ξ)を定義し、時間座標(τ)はξ座標系で表現された組織動態の一致性を基準に、種間で時刻合わせをすることで定義される。ニワトリとアフリカツメガエルの後肢発生過程をτ-ξ座標系で比較解析した結果を示す。本研究で提案する座標系は四肢以外の相同器官にも適用可能であり、(既に出来上がった相同器官の形ではなく)形が作られる「プロセス」の種間比較を可能とする一つの方法論を提供する。