概 要 |
企画者: | 福冨雄一 (東京都立大学大学院 理学研究科) |
概要 汎節足動物のうち、節足動物と緩歩動物は非常に多様な環境に適応してきた。その結果、それらの動物門の多くの分類群で特異的な形質や生活史が生じた。本シンポジウムでは、昆虫とクマムシを例に、それぞれの分類群や種で見られる特異的な形態、産卵基質選好性、種間の相互作用について紹介する。そして、ユニークネスを研究することがどのように進化生物学に貢献するのかについて討論したい。また、本シンポジウムの企画者は「進化学若手の会」の幹事であり、「進化学若手の会」についても紹介したい。
講演者 福冨雄一 (東京都立大学大学院 理学研究科) 「Winglessモルフォゲンはどのようにミズタマショウジョウバエの模様を形成するのか?」 佐藤愛莉 (東京都立大学大学院 理学研究科) 「オウトウショウジョウバエはどのように産卵基質上の微生物を受容し忌避するのか?」 青山悠 (京都府立大学大学院 生命環境科学研究科) 「潜葉性昆虫のユニークネスが生み出す捕食寄生者の多様性」 杉浦健太 (群馬大学 生体調節研究所) 「精子形態の異なる二種のクマムシの比較動態解析」 吉田祐貴 (東京大学大学院 総合文化研究科) 「乾眠能力の異なる二種のクマムシの比較ゲノム解析」 |
S9-1
Winglessモルフォゲンはどのようにミズタマショウジョウバエの模様を形成するのか?
福冨雄一1, 重信秀治2, 越川滋行3
1東京都立大学大学院 理学研究科 生命科学専攻
2基礎生物学研究所 進化ゲノミクス研究室
3北海道大学大学院 環境科学院
動物の体表にはユニークなパターンの模様が見られ、モルフォゲンの拡散がパターンを決定すると想定されてきた。しかし実際にモルフォゲンがどのような機構で模様を形成するのかは未解明である。
ミズタマショウジョウバエの翅にはメラニンによる水玉模様があり、モルフォゲンであるwingless遺伝子が模様形成部位に発現し、過剰発現させると異所的な着色を引き起こす。しかし、翅に模様のないショウジョウバエでも翅にwinglessは発現するため、winglessの下流の遺伝子ネットワークを解析する必要がある。そこで、winglessの下流の遺伝子群をトランスクリプトーム解析で網羅的に明らかにした。また、Winglessタンパク質の拡散が本当に模様形成に必要なのか調べる必要もあり、キイロショウジョウバエを用いて推定した。本発表ではそれらの結果について報告する。
S9-2
オウトウショウジョウバエはどのように産卵基質上の微生物を受容し忌避するのか?
佐藤愛莉1
1都立大・院理・生命
多くの生物は子世代の生存競争を回避するため、他種が利用しない新たな産卵場所を開拓してきた。本研究では、多くのショウジョウバエとは異なり、発酵した果実だけでなく新鮮な果実にも産卵することができるというユニークな特徴を持ったオウトウショウジョウバエ(オウトウ)の産卵基質選好性の進化プロセスの解明を目指している。これまでに産卵基質上の微生物に対する選好性を調査した結果、オウトウはその近縁種やキイロショウジョウバエ(キイロ)が利用しない微生物のいない産卵基質を産卵場所として選択することが明らかとなった。そこで、オウトウにおける産卵基質上の微生物に対する選好性が変化した要因の解明を目指し、遺伝学的ツールが豊富なキイロを用いて産卵基質上の微生物の受容経路の探索を進めている。本発表では、キイロにおいて酢酸菌の感知に必要な受容体遺伝子を探索する産卵実験について議論する。
S9-3
潜葉性昆虫のユニークネスが生み出す捕食寄生者の多様性
青山 悠1
1京都府立大学大学院 生命環境科学研究科
植食性昆虫では利用する寄主植物種のみならず、虫こぶや巻葉の形成といった植物の利用様式にも分類群ごとの特徴がみられる。植食者及び植物の種多様性は捕食者の種の多様性と相関することが知られる一方、植食者のどのような生態的差異が捕食者の多様性と関連するかについては不明な点が多い。特に、植食性昆虫の主要な天敵である捕食寄生者は、非寄生性の捕食者よりも餌資源に対する特異性が高い傾向にあるが、植物種、植食性昆虫種、昆虫による植物利用様式、のいずれが野外での寄生者相を規定するのかは未解明である。そこで、本研究では、種ごとに寄主植物種や潜葉様式が異なる鱗翅目ホソガ科の昆虫とその寄生蜂相に着目した。本発表では、潜葉様式が異なる種間、異なる寄主植物を利用するが潜葉様式は同じ種間のそれぞれで寄生蜂の種組成を比較し、寄主植物と潜葉様式が寄生蜂相に与える影響を考察する。
S9-4
精子形態の異なる二種のクマムシの比較動態解析
杉浦健太1
1群馬大学生体調節研究所
クマムシといえば極限環境耐性が著名であるが、これは死を回避する能力である。一方で、クマムシにおける誕生を司る、生殖行動に関する知見は非常に少なかった。我々は近縁な2種のクマムシを用いて、自由産卵種として初となる交尾行動と射精の撮影に成功した。この観察から、これら2種ではオスから放出された精子が一度水中を遊泳し、メス体内へ進入し貯蓄されるという、一見非効率的な交尾様式をとっていることを明らかにした。また、精子の形態を比較すると、2種間で先体の長さが約40倍異なっていた。さらに射精直後の精子をハイスピードカメラで撮影することで、精子遊泳時の動態を詳細に解析することができた。それぞれの精子の形態と動態を結び付け、クマムシが魅せる不思議な生殖行動について、進化学的観点からその意義を考察、議論したい。
S9-5
乾眠能力の異なる二種のクマムシの比較ゲノム解析
吉田祐貴1, 荒川和晴2,3,4
1東大・院・総合文化・広域科学
2慶大・先端生命研
3慶大・環境情報
4ExCELLS・NINS
微小動物であるクマムシによって形成される緩歩動物門は極限環境への曝露によって誘導されるクリプトビオシスや脱皮動物群の進化などの議論の中心となっている.そこで,我々は耐性能力が相対的に弱いエグゼンプラリスヤマクマムシのゲノムをリシーケンスし,高い極限環境耐性を持つヨコヅナクマムシ及び他の脱皮動物門の生物とのゲノム比較および乾眠前後の発現量解析を行なった.結果,2種のクマムシにおける乾眠能力の違いは乾眠遺伝子の発現応答の違いによって一部説明されうることが明らかとなった.誘導される遺伝子群からクマムシに特異的なマンガン依存の抗酸化遺伝子が同定された.また,全ゲノム分子系統解析は緩歩動物+線形動物の姉妹群を支持する一方,遺伝子欠損パターンでは緩歩動物+節足動物を支持した.本発表では極限環境耐性を可能とする分子メカニズムと脱皮動物門内での緩歩動物の系統関係について議論する.